第123話 魔剣の警告

 グスタフがようやく歩き出した。私もヤンセンも彼の後を追った。


 日が暮れてかなり時間が経とうとしている。恐らくあと少しで日付も変わる。


 だけどウィンディとアンジェラの消息もわからないままじゃ、眠りたくても眠れないわ。それはグスタフだって同じ。


 グスタフに案内されようやくその建物の前まで来た。外見はこれまた大きな館、まさに貴族専用の豪邸に見える。


 屋根の一角には翼を生やした不気味な魔物の銅像が立っている。こんな不気味な建物が町の南東部にあったなんて。


「……あれは、ベリアルの像だ!」

「ベリアルですって!?」


 ベリアル、ヤンセンが言うにはヴァンパイアが崇める唯一神だという。


 私達人間からしたら大悪魔的存在なんだけど、ヴァンパイアからしたら自分達を生んだ祖先ともいうべき存在。その銅像はヴァンパイアにとって重要な施設にしか建てられない。


「こんな場所にベリアルの像が建っている館があったなんて……」


 ペラーザの町の南東部は、あまり人が住んでいない過疎地域でもある。そういう意味ではヴァンパイアが隠れ住むには最適な場所だけど、ヤンセンが知らないのは意外だ。


「恐らく最近になって建てられたんだろう。壁の色合いからして、まだ新しいからな」

「なるほど。でも一体何のために?」

「……それは中に入ってから確かめないとな」


 ヤンセンの言う通りだ。この館に近づいた時から感じる禍々しい邪気で、嫌でも気が引き締まる。


「気をつけろ。この館、さっきも中に入ってみたが、恐ろしい罠が仕掛けられている」

「どんな罠だろうと、関係ないわ。ヤンセン、準備はいい?」


 ヤンセンは即座に頷いた。両手にはすでにツインランサーを持っている。


 私も腰に掛けてあった剣の鞘に手をかけた。でも触った瞬間、異様な感じを受けた。


「……うっ!?」

「どうした? まさか怖気着いたか?」

「そんなわけないじゃない。行くわよ」


 鞘から手を離して、私は館の入口へと歩き出した。


 歩きながら、剣の柄頭の部分にはまっている宝石を見た。一瞬目を疑ったけど、真っ赤に光り出している。


 思い出した。この剣は宮殿でジョージからもらったあの伝説の魔剣だ。


 古の大魔王ティターンを打倒したとされるティタノマキア、この赤い宝石はティターンの心臓の一部。


 その心臓の一部がここに来て急に真っ赤に輝き出した。さっき手に触れた瞬間、この心臓から異様な量の魔力を確かに感じた。


 魔王の復活が近づいている。さっき宮殿でジョージが確かに話した。


 この館にもしかして大魔王ティターンと関係する何かがあるのかも。そう考えると、この館の中に入るのは危険が大きすぎる。


「ナターシャ!!」

「え? なに!?」


 思わずヤンセンが呼びかけてハッとした。すっかり考え込んでしまったわね。


「さっきからどうした? やっぱり怖気着いたんじゃないのか!?」

「……大丈夫よ。ごめんなさいね、ぼぉーっとしちゃって」

「全く。お前ともあろう者が、そんなザマじゃ。大事な仲間二人を探さないといけないんだろ?」

「わかってるわよ。でもその前に……お願いがあるの」

「お願いだと?」


 グスタフに視線を移した。


「グスタフ、あなたはここに残ってほしい」

「それは……どういう意味だ?」

「足手まといなんだろ? 悪く思うな。私達だけで十分だ」

「そういう意味じゃない。この館は……危険すぎる」

「今さら何を言う? ヴァンパイアが建てた館だ。どんな罠が待ち受けるかわからないだろ?」

「そうじゃないから! 言っておくけど、それだけなら全然マシよ」

「マシ? 一体何が言いたいんだ?」


 さすがにこれだけでヤンセンとグスタフを理解させるには無理があったか。仕方ない。


「……見せたくなかったけど、これを見て」


 腰に掛けてあった魔剣を右手に持って、二人に見せた。


「そ、その剣は……魔宝石!?」

「そうよ。でもただの魔宝石じゃない。心臓の一部よ」

「し、心臓……だと!? まさか……」


 私は頷いた。ヤンセンの顔が青ざめた。多分気づいたわね。でもすぐに否定するかのようにかぶりを振った。


「馬鹿な! 本当にそれが大魔王ティターンの心臓の一部だと!? あり得ない!」

「信じられないかもしれないけど、本当なの。伝説の魔剣ティタノマキア、エルザーク王家に代々伝わっていてね、さっき宮殿で拝借したのよ」

「…………なんということだ」

「その魔宝石、なんとも異様な魔力を感じるな。これは……」


 グスタフは身をこわばらせながら言った。


「この館に近づいた時からこんな状態なのよ。ここに間違いなく大魔王ティターンと関係する何かがあるわ。だから危険が大きすぎるの!」

「…………」

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