第124話 館の中へ

 グスタフは神妙な顔になった。仮にも狼、本能的に身の危険を察したはず。これでわかってもらえるかな。


「……わかった。残ろう」


 やった。もしかしたら粘るかもしれないと思ったけど、意外と素直でいい子。


「その代わり、約束してくれ。必ずウィンディを、探し出して戻って来ると」

「えぇ、もちろんよ。ありがとう」

「そいつはどうかな?」


 突然ヤンセンが白けた顔で水をさした。


「ちょっと、何が言いたいの?」

「何がって? お前の言う通り、確かに私も感じた。この館からは異様な魔力を感じる」

「そうよ。だから一刻も早く二人を助けに行かないと」

「……もう手遅れかもな」

「な、なんですって!?」

「お前だってうすうす感じてるんじゃないのか? これだけの異様な魔力の放出源が何かはわからない。しかしあの二人に……対抗できるのか?」

「ふざけたこと言わないで! ウィンディだけならともかく、歴戦のギルドマスターだって一緒なのよ!」


 ヤンセンの言いたいことはわかる。でもそうだとしても、まだ生死まではわからない。


「……まぁいいさ。とにかく入るぞ、言っておくが私はお前を助ける余裕などない。それはいいな?」

「いいわよ。あなたは自分の身を守ることに専念して」

「……行くぞ」


 ヤンセンも入口に近づいて、私もそれに続いた。私が入口の扉の前に立って、手で押さえつけた。


 でも、扉はビクともしない。


「え? 開かない?」


 かなり力を込めてもやっぱり同じ。鍵がかかってるのね。だったら強引にでもぶち破るのみよ。


「はぁあああ……」

「ちょっと待て! はやまるな」

「何よ? 私の怪力をなめないで。こんな扉なんか」

「全く、やれやれ……」

「な、なによ!?」


 ヤンセンが呆れた顔で私の右手を抑えた。そして扉の中央部分にある楕円形の窪み部分に手を触れる。


「……なにそれ?」

「私が来てよかったな。まぁ見ていろ」


 楕円形の窪みは、ちょうど手のひらがピッタリ入るくらいの大きさだ。ヤンセンが窪み部分に手の平を重ねる。すると窪み部分が淡く光り出した。


「光ってる? どうなってるのよ!?」

「この館はヴァンパイアが建てたんだ。となれば、その館に入れる資格があるのも私達だけ」


 つまりヴァンパイアにしか開けられない扉ってことね。あいつら、用意周到にもほどがある。


「ちょっと待ってよ! それじゃウィンディ達はどうやってこの館の中に?」

「忘れたのか? あの二人はミシェルを追っていたんだろ?」

「ミシェル……あぁ、そうか」


 そうだ。ミシェルもヴァンパイア、つまり彼女の手を借りればこの館の中に入れる。


 待てよ。確かミシェルは副隊長のトーマスが連れて行ったはず。となれば、トーマスだってここに来たはず。


「探す人物がもう一人増えたわ」

「もう一人?」

「トーマスよ。警備隊の副隊長」

「あぁ、そうか。でも裏切者に助ける義理などあるか?」

「裏切者じゃない。彼は多分、呪いに掛かって奴らに利用されてるだけよ」

「そうか。それじゃ残念だが、諦めた方がいい」

「それはどういう意味よ!?」

「……ヴァンパイアは昔から人間を利用するために、黒紋の呪いをかけてきた。そして用済みとなれば、そのまま魔物へ変異させる。容赦なくな」


 ヤンセンは淡々と話した。正直何も反論できない。


 奴らは同族のクーラ、そしてヤンセンにも黒紋の呪いをかけた。事実クーラは変異した。人間にだって同じことを平気でするのは自明の理。


「……まだ間に合うかもしれないじゃない。決めつけないで」

「期待などするな。それよりも仲間の救出を優先するんだ」


 ヤンセンじゃなく、今度はグスタフが私に言った。まさかこの子がこんなに現実主義だなんて。


「ふふ、まさか狼に説教されるとはな」

「うるさい。わかったわ、でも約束して。トーマスに会ってもすぐに攻撃なんかしないで」

「……いいだろう、では今度こそ行くぞ」


 ヤンセンが扉から右手を離した。その直後に扉はゆっくりと中央から開き出した。


 目の前に見えたのは館のエントランスホール、天井から吊るされている巨大なシャンデリアのおかげで、明るさには困らない。


 それにしても豪華で凝った内装、ヴァンパイアの建築センスもあなどれないわね。


 中央部分に大きな階段があって、その両脇に不気味な魔物の銅像が並ぶ。嫌でも邪悪な気配が感じてしまう。こんな気分を味わうのは久しぶり。


 どんな強敵が出てくるのか本当ならワクワクしたいところだけど、それは仲間を助けてからの話よ。


 無言のままヤンセンと目を合わせ、私が先導して中に入った。入った瞬間、ただならぬ冷気が身を包む。


 なんて寒さなの。思わず身震いして腕組みしまった。


「ヴァンパイアは寒冷の気候を好むんだ」


 後から入って来たヤンセンがボソッと呟いた。そうだとしても寒すぎじゃない。


 一体どうやってここまで寒くしているんだろうか。いやそんなことどうでもいい。


 薄着で来たことを後悔してしまった。だけど私には秘策があるのよね。


「さすがのお前でもこたえるようだな」

「大丈夫よ。はぁああああああ!」

「な、何をしている?」

「気を放出して身を包んでいるのよ。これで寒さを凌ぐわ」


 簡単に言えば、防寒バリアってところかしら。公爵令嬢時代に雪が降りしきる北国へ旅行に行ったときに編み出した魔法よ。


「……これでよし! じゃあ探索開始よ」

「二手に分かれた方がいいだろう。恐らくかなり広いはずだから」


 ヤンセンの提案に賛成ね。私は館の右側の部屋から、ヤンセンは左側の部屋へ順番に見て回った。


 どんな罠が待ち受けるかはわからない。そして魔剣から感じる魔力量もさっきより増した。


 警告してるのね。望むところよ、二人を探し出すまでは絶対に戻らないわ。

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