第121話 町の南東部へ

 海魔妖精は床に頭を打ち付けた。メリッサがブーツを履いた足で海魔妖精の側頭部を蹴っていた。


「こんな薄気味悪い連中のせいでね。余計な仕事増やすんじゃないわよ」

「メリッサ様、おやめください。彼らは無関係です。あの島に隠れ住んだ奴らこそ元凶なのです」

「あぁ、わかってるわよ。でも蹴ったのはそういう理由じゃないから」

「え? どういうことで……」

「ぐぅ……ぐるるるるるる……けひひ……やっぱりこの痛みこそ……我らの力の源……」

「な、何を言って?」


 床に頭をつけたまま妖精は不気味に笑い出した。


「けひひひひ……もっと、もっと痛みを……」

「ね? ヤバい奴らでしょ!?」


 メリッサの言葉を聞いても二人とも反論できなかった。


「さぁ、遊びはここまでよ。さっさと行くわよ、連中の隠れ家とやらへ」

「は、はい!」

「あ、そうだ! ミシェルのことは……」

「それはご安心ください。今頃トーマスが例の場所へお連れしています」

「トーマス? あぁ、あの副隊長の……まだいたの?」

「はい、まだ彼には利用価値があるかと」

「……いらないわ」


 メリッサは吐き捨てるように呟いた。


「今何と?」

「いらないって言ったの。もう用済みよ、あんな人間」

「しかし……我々の真の計画はまだ準備段階であります。人間どもの行動を迅速に捉えるためにも……」


 ウォックが言い終える前に彼の首がメリッサに締め付けられた。真っ赤に光る眼でウォックを睨みつける。


「ぐぅ!? ぐおおおおお……め、メリッサ……様」

「あなた、いつから私に偉そうな口きくようになったの?」

「も、申し訳……ございま……せん……出過ぎたことを……」

「そもそも私は反対だったのよ。なんで誇り高き我らヴァンパイアが、人間の捕虜を使ってこそこそ行動しないといけないわけ!?」

「それは……ごもっともで、ございます」

「わかればいいのよ」

 

 メリッサは首から手を離した。ルードは何も言えないまま、ただ棒立ちしていた。


「じゃあ私は先に行ってるわ。ルード、トーマスとミシェルのことは任せるわ」

「は、はい!」

「ウォック、言っておくけど私はそこにいる妖精を完全に信用したわけじゃないからね。下手な動き見せたら、容赦なく殺すのよ」

「……ふふ、ご安心ください。我らはあなた方に忠誠を誓った身、一度忠誠を誓った種族には逆らえない。それら我ら海魔妖精の掟……」

「でも、その掟に従わない連中もいるんでしょ?」


 メリッサは侮蔑な目つきで見下ろしながら言い放った。妖精は笑いながら頷いた。


「……我らの裏切者をやっと始末できる。そのためには喜んでこの身を捧げましょう」



 空を飛んで五分くらい経ったかしら。もうペラーザの町の南側まで来ちゃったみたい。


「……ね? いい眺めでしょ」

「……本当に空を飛んでいるのか?」

「正確にはジャンプしただけよ。あの秘薬は脚力を何倍も増加させる効果があるだけ」

「まさかこれから私達は……」

「そのまさかよ」


 ちょうど町の南西部が真下に見えてきた。ミシェルとウィンディの気配は感じないけど、二人ともこの南端部の近くにいるはず。


「じゃあ、降りるわよ」

「ちょっと待て! 本当にこの高さから!?」

「あら、ヴァンパイアなら平気でしょ?」

「……お前はどうする?」

「ふふ、私には着地の衝撃を和らげる方法があるの」


 ヤンセンも怪訝な顔で見つめる。でもすぐに真下を見て表情を変えた。まさか怖がってるのか。


 一気に高度が下がって来た。少しずつだけど眼下にある街並みが大きく見えてくる。ヤンセンの顔がますますこわばって来た。


「ちょっと、大丈夫!?」

「へ、平気だ……心配など……無用」


 いや、大丈夫じゃない。明らかに声が震えている。


 私が買いかぶっていたかも。多分彼女にとってもあまりに高すぎたのね。


 仕方ない。強引だけどこうするしかないか。


「な、何をする!?」

「捕まってて。私が下になるから」


 ヤンセンの体を担いで、私が下になる形になった。


「無茶だ。いくらお前でも、この高さからでは!」

「さっきもこの高さから落ちたのよ。いいから見てて!」


 言葉で言っても無理だろうから、見てもらうしかないわ。


 地面がすぐそこまで来ていた。普通の人間なら落下の衝撃でバラバラになるでしょうね。


 じゃあ私はどうするかって。こうするしかない。


「はぁあああああ!!」


 地面に向かって風魔法を放った。跳ね返った風魔法で強烈な風圧が生じ、私達の体を押し上げてくれた。


 地面から10メートルくらいの高さでふわっと浮き上がり、また落下を始めた。でもさっきよりも落下の速度は緩んだ、これで大丈夫。


 無事に着地できた。ヤンセンの体重も一気に伸し掛かる、でも意外と軽くて驚いた。


「ね? 大丈夫だったでしょ?」

「……まさか本当に着地できるとは。なんてやり方だ」


 信じられないような顔できょろきょろ見回しながら、地面に足をつけた。でも彼女の顔を見て、思わず吹き出しそうになった。


「何がおかしい!?」

「い、いや……なんでも……くく……」

「……言っておくが、お前も同じだぞ」

「え? 嘘!?」

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