第120話 海魔妖精の島
姿をくらました男のヴァンパイアが二人とも港町に辿り着いていたことなど、そこにいる人たちは気づきもしなかった。
「……ふぅ、ここまでくれば……大丈夫。もう姿を現しても」
「駄目だ。まだ油断するな」
大量に残っていた絶理の砂を、ウォックはまたも自分の体に振りかける。再び気配を消し、周囲をくまなく見回す。
「そこまで用心しなくても。どうせ我々の姿を知る者など一人もいない」
「それはそうだがな、奴らが追ってくる可能性もある」
「……追ってくる気配は感じないぞ」
「地上からはな。でも、空からなら……」
「そ、空だと!? 飛んできたというのか?」
仲間のルードが空を見上げた。だが誰一人として人間の姿は見えない。
「俺は確かに感じた。とてつもなく強力な魔力を秘めた長身の女。確かナターシャと言ったが、奴の力は……脅威だ」
「……お前ほどの奴がそこまで言うとはな」
「初めてだよ。ヴァンパイア以外でこの俺をここまで震え上がらせる人間に出会うだなんて」
ウォックの言葉は誇張ではない。それはルードも肌身に感じていた。
「ジェリドも死んだ。俺達はこれから……どうする?」
「どうするもこうするもない。ジェリドの計画を実行に移すまでだ」
「まさか、本当にあそこまで行くのか?」
「行くのは俺達だけじゃない」
「それは……どういうことだ?」
「ついて来い」
ルードはウォックに従い一緒に歩いた。
二人とも港町の埠頭に入り、人気のない外れにある倉庫の裏手に回り込んだ。
「この下に我々の仲間がいる」
「仲間……だと? こんな場所に?」
ルードですら知らない事実がここで明らかになった。
ウォックが地面に彫られていたひし形の模様の上に手をかざすと、それに呼応するかのように光を放ち床が動き出した。
「お呼びでございますか、ウォック様」
「こ、こいつは……!?」
床の下から出てきた異様な姿をした人型の魔物に、ルードは言葉を失った。
体中薄汚れた緑色をしている。あちこちに海藻や貝殻、鱗が付着した体、死んだ魚のような目でルードを見つめた。
「驚いたか? 無理もない、こいつらは元々死海にいた種族だ」
「死海だと!? あの世界の果てにあるという、誰も足を踏み入れられない海域の……」
「ふふ……我々の故郷について見識があるとは嬉しい限りで……」
「お、お前達は……」
ルードにも彼らの正体がわかりかけた。
「海魔妖精か。噂には聞いていたが、想像していた姿とはまるで違う。これでは海をさまよう亡者にしか見えんが……」
「違う。正確には海魔妖精には二種類いてな」
「二種類だと?」
「こいつらこそ真の海魔妖精。しかし、人間社会に溶け込もうと扮装してどこかの島で隠れ潜んでいる連中もいる」
「島? 海魔妖精どもがいる島があるというのか?」
ウォックは頷いた。これからの目的地もルードは悟った。
「……島の所在はこいつらが知っている」
「なぜ同じ海魔妖精の力を借りる? 我々だけで乗り込めばいいではないか」
「正確には海魔妖精にか入れん場所なのだ。特殊な結界が張ってあってな。あれは我々ではどうにもならん」
「まさか監獄シドファークと同じ!?」
「知っていたか。なら話は早い。その結界を素通りするには、こいつらの力を借りるしかない」
ルードが見下ろすと、海魔妖精は薄気味悪い笑いを浮かべた。
「あとはもう一人、強力な味方を呼んだ」
「強力な味方?」
「おっと、もう来たようだ」
ルードが振り向くと、壁際にあった資材置き場の隅から髪の長い女性が出てきた。
「メリッサ様!? いつの間に……」
「ふふ、ジェリドが手配してくれたのよ。あなた達、これから面白い場所に向かうんですってね?」
「メリッサ様! 迅速に来ていただき誠にありがとうございます」
ウォックとルードは深々と頭を下げた。しかしメリッサは二人よりも、すぐに後ろにいた海魔妖精の姿に気付き顔をしかめた。
「……やっぱり何度見ても恐ろしい姿ね」
「メリッサ様、断っておきますがこれは遊びではありません。奴らの隠れ家へ乗り込み、今度こそ確実に息の根を止めます」
「わかってるわよ。それにしても油断ならない奴ら、やっぱり生かしておけなかったわね」
髪を指でとかしながらメリッサは言った。そして海魔妖精のすぐ横まで近づくと、信じられない行動に出た。
「ぐふぅ!」
「メリッサ様、何を!?」
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