第119話 頼もしい空の王者
ヤンセンの表情が変わった。
「クーラってヴァンパイアは、あなたの恋人だったんじゃない?」
「こ、恋人だと!? ふざけたことを……」
「その反応は図星じゃない。ヴァンパイアも人間と反応は変わらないわね」
「……お前達には関係のないことだ。これ以上詮索すると……」
鬼のような目つきで私を睨みだした。
「どうするって言うの? もしかして、また私と戦う?」
「そうだ! 私の邪魔をするなら容赦しない」
「いいわよ。じゃあ遠慮なくかかってきなさい」
敢えて挑発してみた。ヤンセンは槍を持ったまま、私と対峙する。
でもかかってこない。顔をこわばらせたまま動かない。彼女だって、私の強さをわかってるはず。
「どうしたの? かかってこないの?」
「……何が望みだ?」
「望み? そりゃ仲間が多い方がいいに決まってるでしょ。それにあなたも大切な仲間を殺された。同じヴァンパイアがかけた呪いにね」
ヤンセンは黙ったまま聞いている。怖かった顔も徐々に緩んできた。
「ジェリドだってあなたを始末しようとしていた。つまり、あなたもヴァンパイアに追われる身になったわけよ。だけど敵の数は計り知れない、あなた一人でどうにかできる相手じゃないでしょ」
「だから、味方になれと?」
「そうした方があなたのためです」
突然どこからか別の男の声が聞こえた。振り向くとゴアがいつの間にか来ていた。
「あなたの呪いを解いてあげたのは誰のおかげ? 恩を仇で返すのは最低よ」
「それに、報酬は弾みますよ」
ゴアが右手にちゃっかり持っていたのは、宝石類。ヤンセンの目つきが変わった。
「……わかったよ」
結局金か。でもその言葉を待っていた。ヤンセンと固い握手を交わした。これで貴重なヴァンパイアが一人味方になった。
「新しい仲間の加入を喜ぶのは、まだ早いですよ。あとの残りを」
ゴアが馬車の後ろの荷台を指差した。そういえばあの中に残りのヴァンパイアが捕らえられていたわね。
「今度は、あの二人をとっ捕まえて事情聴取ね。ヤンセンもいい?」
「ルードはともかくウォックはかなり強い。油断しないで」
ヤンセンから忠告された。それはさっき私も実際に戦って感じたことよ。あのウォックはかなりのやり手。
再戦できると思うと、わくわくしてきた。慎重に荷馬車の扉の前まで近づいた。
でも扉に触れた瞬間、ある異変に気付いた。
「……え!?」
中にいるはずの二人の気配がまるで感じない。どういうことよ。
気のせいではなかった。勢いよく扉を開けてみたものの、やっぱり中には誰もいなかった。
「……これは!?」
「そんな馬鹿な! 二人はどこに!?」
「ちょっと待ってください。これは……アレですね」
ゴアがもぬけの空となった荷台の中を見回した。彼には何が起きたのかわかったみたい。
「あれって何よ? 一体何が起きたの?」
「これです、これ」
ゴアの右手にさらさらした砂が盛られている。この砂、宿にいた時にも見たわ。
「絶理の砂! ってことは、奴ら……」
「透明化して、隙をついて逃走したのでしょう。しかもこの床をよく見てください」
ゴアが指で示した荷台の床の部分に、奇妙な模様が刻まれている。よく見たら、指で引っかけられるようになっている。
「これ、もしかして……」
ゴアが指で掴んで右へずらすと、人一人分出られるほどの穴が開いた。なんて古典的な仕掛け。
「あの二人の脚の早さは折り紙付きよ」
「……でもなんで逃げたりしたのよ? 味方がピンチになっているって言うのにさ」
「それこそあなたが知ってるはずでは? 同じ荷台の中で捕まっていたのでしょう?」
「港町に行くことだけはわかる。そこからの行先までは……」
「港町……北にある港町ですか」
「何か心当たりでもあるの?」
「……いえ」
どうしたんだろう。ゴアが何かを思いつめているようにも見える。気のせいかな。
「やっぱり港町か。なんとなく予想はついていたけど、じゃあ早速追いかけるわよ」
「そういえば、ほかの仲間は? エルフとギルドマスターの姿が見えないが……」
「あの二人にはミシェルの後を追わせているのよ。あとは人間の裏切者をね」
「人間の裏切者?」
「説明すると長くなるけど……」
警備隊の副隊長がヴァンパイアに味方している事実を話すと、ヤンセンも呆気にとられた顔をした。知らなかったのね。
「……なるほど。それで町の南東の方角へ」
「そこに何があるのかは知らない?」
「……ヴァンパイアにとって重要な施設があることだけは、それ以上までは」
「もしかしたら、私達も行った方がいいかもしれません」
「え? どういうこと?」
「敵の数は計り知れません。少しでも味方がいた方がいいでしょう」
ゴアの言うことももっともだ。だけど肝心なことも忘れてはいけない。
「逃げた二人はどうする? このまま放っておくの?」
「……私が追いかけましょう」
「あなたが? それはいいけど、敵は強いわよ」
「大丈夫です。私にも強力な味方がいますから」
「それは初耳ね。どんな味方?」
ゴアが口笛を吹いた。どこからともなく巨大な鳥の魔物が飛び出し、ゴアのすぐ横に着地した。
鋭く尖った嘴、どんな獲物だって八つ裂きにできそうなかぎ爪、そして3メートルは下らない巨大な翼、まさに空の王者ね。
「な、なんて大きな鳥……」
「グランドイーグルです。私のお気に入りのペットですよ、戦闘能力だって伊達じゃありません」
「なるほど。こいつに乗って来たわけね、どうりで早いわけだ」
こんな大きな鷲がペットだなんて羨ましい。どこへでも自由に旅できるじゃないの。今度乗せてもらおう。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「それはいいが、ペラーザの町までかなり距離があるぞ。もう日も暮れたし」
「ふふ、私にはとっておきの秘薬があるの」
「秘薬?」
「これよ」
さっき私が一滴だけ飲んだウィンディからもらった秘薬、まだ大量に残ってるからヤンセンにも使わせて大丈夫でしょ。
でも懸念点もある。人間には有効だけど、ヴァンパイアに効くんだろうか。いや、物は試しよ。
「なんだその緑色の小瓶は?」
「エルフに伝わる究極の秘薬よ」
「エルフの秘薬だと!? 一体どんな効果が?」
「ふふ、いいから一滴だけ飲んでみて」
ヤンセンに秘薬を渡した。警戒心を隠せない顔で瓶を見回す。
そして遂に決心し、蓋を開けて一滴だけ口に入れた。すぐに顔つきが変わった。
「う……なんだ、この力は?」
「飛んでみて。凄いことが起こるから」
少しためらっていたヤンセンだけど、意を決してジャンプしてみた。
「きゃあああああああ!!」
「あらら、高いところは苦手だったかしら?」
あっという間に空の彼方まで飛んで見えなくなった。それにしても凄い甲高い声、やっぱりヤンセンも女なのね。
「少し量が多かったかもしれません。本当に一滴だけでよかったんですよ」
「そうだったの。じゃあ私も」
「気を付けてくださいね」
私も秘薬を一滴だけ口に入れて飛んだ。目指すはペラーザの町の南東部、そこに何があるやら。
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