第117話 ヤンセンを救え!

 グスタフが元気よく吠えた。そうか、この子の鼻なら問題なしね。


「さっきミシェルとヤンセンと私物を盗んでおいたわ。これの臭いを嗅がせれば」


 ウィンディがいつの間にか盗んでいたのは、ミシェルが付けていたピアス、それとヤンセンが持っていた槍。


 確かにこの二つなら臭いが辿れる。グスタフは早速嗅いで地面に降り立った。


「どう? いけそう?」

「ぐるるるるる……ぐう?」

「わかったの!?」


 グスタフが顔を上げた。どうやら臭いが辿れたみたいね。

 

 と思ったら、またすぐに別の方角を向いた。何やってるのよ。


「ぐぅ……がるるる」

「ちょっと、どうしたの? わかったんじゃないの?」

「これは……まいったわね」

「まいったって、どういうことよ?」

「あいつら、二手に分かれたのよ」


 嘘でしょ。ということは、ミシェルとヤンセンは別々の方角へ移動した。一気に気持ちが沈んだ。


「どうして二手に分かれた?」

「考えてもみて。ヤンセンは黒紋の呪いを解かれたのよ」

「あぁ、そうね。だからなんだっていうの?」

「まだわからないの? 黒紋の呪いが解けたヴァンパイアなんて、奴らにとってはもう用済みなのよ」

「う……それじゃ……」


 ウィンディはかぶりを振った。不穏な空気が嫌でも感じる。


「非情にもほどがあるわ。それじゃヤンセンはどこへ連れ去られたわけ?」

「ヤンセンはここから北の方角ね。恐らくもう町を出たわ。ミシェルは……南東の方角」

「よし、私達も二手に分かれましょう!」

「ちょ……それどういうつもり!?」

「私はグスタフを降りて北へ向かうわ。あなた達は南東へ行ってミシェルを探して!」

「まさかヤンセンを助けるつもりなの!?」


 私はすぐに頷いた。でもウィンディは納得してないみたい。


「あのね、仮にもヴァンパイアよ。いくら黒紋を解いたからって、敵であることに変わりはないじゃない」

「違うわ。あなたは誤解している。あのヤンセンは、そこまで悪い女じゃない。私にはわかる」

「本気で言ってるの、それ?」


 信じられない顔で訊ねるウィンディに私は即座に頷いた。ウィンディも困り果てたみたい。


 でも私にはそう思う根拠もあった。


「信じられない気持ちはわかるけど、私はヤンセンを信じたい。彼女の仲間にクーラって男がいたんだけど、私が彼女を捕まえて尋問した時、クーラは素直に答えようとした。でもヤンセンは必死にそれを止めようとしたの。自分の体がボロボロになってでもね。その時感じたわ。彼女には、仲間を死なせたくないという、強い意志があるってね」


 私の長い話をウィンディは黙って聞いた。ウィンディの表情も険しかったけど、徐々に緩んできたように見える。


「でも……ヤンセンが味方をしてくれるとは思えない」

「意地でも味方にしてみせるわ。とにかくみすみす死なせたりはしない。じゃあ、私は行くから」

「ちょっと待って!」


 グスタフを降りた私にウィンディが呼びかけた。何やら薄緑色をした液体が入った小瓶を左手に持っている。


 この色、見覚えある。確か一週間前ほど、国外にあるギルドの依頼を達成しようとした時、グスタフの体調が悪くて移動に迷った。


 この時に使った薬だ。エルフに伝わる究極の秘薬、風の精霊の魔力が込められていて、人間の脚力を何倍も増加させることができる。


「在庫もないからあまり使わせたくないんだけど、あなたを信じることにする」

「ありがとう。決して無駄にしないから!」

「急いでね。奴らまだ町を出て間もないから、今なら間に合うはず」


 これがあれば奴らのいる場所までひとっ飛びよ。一滴だけ口に入れると、見る見るうちに脚全体に力が湧いて来る。


「じゃあ行ってくるわ」


 北の方角目掛けて、私は上空に全力でジャンプした。体全体が一気に軽くなったかと思うと、なんと一瞬で空高くまで飛んでいた。


 なんて気持ちのいいこと。そして素晴らしい絶景。一週間前味わったあの感じをまた味わえるだなんて。


 いや感傷に浸っている場合じゃない。とにかく今は奴らを追うことを専念しないと。


 そろそろ町の外に出る頃、眼下に奴らの姿を捉えてもおかしくない。だけど空高く飛び過ぎたみたい。


 こうなったら気配を探らないと。気を集中して気配を探った。


「……いた! いち、に……四人か」

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