第116話 ジェリドの計画

「全く、いいタイミングで現れたものだ。感謝するよ、トーマス」

「……礼などはいらない。俺にはこうするしか選択肢がないだろう」

「まぁそういうことだな。よくわかってるじゃないか」


 馬から降りたトーマスはジェリドの縄を剣で解いた。


「あとはウォックの縄だが……」

「……ぐぐぐ」

「くそ、解けないぞ」

「恐らく高度な精霊魔法の力が宿った縄だ。お前では無理だろう」

「そうか。それより急いでここを離れよう。俺が奴らに教えたことも、すぐに嘘だとバレる」

「本来お前はここにはいないはずだからな」

「あの二人はどうしますか?」


 近衛魔道士の一人が、縄で縛られたまま倒れていた二人の女性を見ながら言った。


「ミシェルとヤンセンか。あの二人ももちろん連れて行く。早く荷台へ乗せろ」

「待て! 乗せるのはミシェルだけだ。ヤンセンは我々が預かる」


 ジェリドがヤンセンを抱えた。トーマスは困惑した。


「この女はもう用済みだ。我々で処理する」

「え? 一体なぜそんなことを!?」

「お前が知る必要はない」


 ジェリドが睨みながら言い放ち、トーマスは何も聞き返せなくなった。


「お前には大事な仕事がある。ミシェルを例の場所まで連れて行け」

「例の場所? それは……」


 トーマスが南東の方角の空を見上げた。そしてジェリドの顔を見た。ジェリドは頷いた。


「……わかった。お前達はこれからどこに?」

「我々ヴァンパイアの真の恐ろしさを奴らに教える。そのための第一歩として……」


 ジェリドが伝えたのは意外な場所だった。トーマスも目を見開いて聞き返した。


「海魔妖精の……ふるさと?」



「なんてことなの! 私としたことが!」


 宿舎に遅れてやって来たアンジェラもジュドーからさっきと同じ話を聞かされた。悔しさを隠し切れず声を荒げた、歴戦の戦士としてのプライドが傷ついたわね。


 でも私だって同じよ。トーマスがあのヴァンパイアの隠れアジトまでやって来たのは、ジュドーから聞いたんじゃない。


「彼、ヴァンパイアの仲間だったのよ」


 私達の居場所をジュドーでも知らなかった。アンジェラもウィンディ、そしてゴアもジュドーには教えていない。


 つまりトーマスがあそこで私達がいるだなんて知らないはず。トーマスがヴァンパイア側の人間ならそれも説明がつくけど。


「どうしてトーマスがヴァンパイア側に? 何か心当たりある?」

「いえ、そんなこと言われても……」


 まるで聞きたいのは自分の方だと言わんばかりの顔で、ジュドーは黙り込んだ。


「考えられるとしたら呪いですね」

「の、呪い?」


 ゴアが口を挟んだ。


「多分彼はヴァンパイアに捕まったのでしょう。そして黒紋の呪いをかけられた」

「そうか。だから彼らの命令通りに動かないと……」

「魔物に変異させられる。奴らも考えたわね」

「それに人間の一人を味方につければ、さらに隠密行動がしやすくなる」

「そんな……」


 ジュドーは項垂れた。大切な部下だものね。


「あなただけの責任じゃないから、そんな落ち込まないで」

「いえ、やはり彼についてもっと注意深く監視するべきでした。実は……」


 ジュドーが言うには、トーマスは最近様子がおかしかったという。


 遅刻が多くなり、目の下にくまができている日も多かった。でもただの体調不良だと思っていた。


「上司である私にも責任があります。本当に申し訳ございません」

「過ぎたことはしょうがないわ。それよりこれからどうするか……」

「行くべきところは一つよ!」


 アンジェラが顔を後ろに向けて行った。


「トーマスが偽の情報を流したのはほぼ間違いないわ。ならば彼を捕まえて」

「それに何でヴァンパイアの仲間になったのかも、聞き出さないとね」

「よし、戻るわよ!」

「私も行かせてください!」


 ジュドーも声を張り上げた。やっぱり上司の務めね。断る理由はない。


 ジュドーも加えて私達は再びさっきのヴァンパイアの隠れ家へ戻ることにした。私とウィンディはグスタフに乗って移動するから、一足先に戻れた。


 でも遅かったみたい。


「くそ! 誰もいないじゃない!」

「言葉遣いが汚いわよ。それよりいなくなったら追跡すればいいじゃないの。この子で」

「ガウ!」

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