第110話 伝説の魔剣の秘密
と思っていたら、廊下の柱の背後に誰かの人影が見えて思わず立ち止まった。
「ナターシャ!」
聞き覚えのある声、いや聞きたくなかった声だ。ゆっくりと人影が見えた柱まで寄った。
「ジョージ、何してるのよ?」
「やっぱりナターシャだったんだね。騒ぎがあったから何事かと思って駆け付けたんだ」
「自室で監禁中じゃなかったの? 抜け出したのがバレたらまずいわよ」
「こんな騒動が起きてたら、じっとしているわけにはいかない。仮にも皇太子だからね」
「皇太子だからよ。あなたの身に何かあったら大変じゃない!」
「ナターシャ、僕の身を案じてくれているのは嬉しいよ。だけどこれ以上、君達だけにを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
まずい。彼の性格はよく知っている。どうせ一緒に行動しようとか言い出すに決まってる。
「ジョージ、気持ちはわかるけど今度の敵はヤバすぎるわ。あなたの出る幕なんかない」
「……わかってるさ、それくらい。だからこれをあげようと思ってね」
意外とジョージは潔かった。彼が手渡してくれたのは、ずっしりと重い一本の剣だ。
ただの剣じゃない。鞘を抜いた刀身は、今まで持っていたミスリル製の剣よりも何倍にも輝いていた。
「これって……金属製じゃない」
「そうさ。エルザーク王家に代々伝わる伝説の魔剣、その名もティタノマキア」
その名前を聞いて私は思わず固まってしまった。ティタノマキア、その名前は嫌でも知っている。
古の大魔王ティターンを打倒したとされる伝説の魔剣、神話とされているけどあまりに有名な神話だから、子供の頃から聞かされていた。
そしてその魔剣は今でもジョージの家系に伝わっている。つまり王家の大事な家宝だ。
「ちょっと待って! さすがにこんな大事な剣は受け取れないわ」
「いや、受け取ってくれ。正直この魔剣に秘められている魔力は、桁違いなんだ。こんな恐ろしい力はナターシャにしか扱えない」
「そういう問題じゃないから。この剣がなくなったら一大事でしょ!? 今度は監禁じゃ済まないわよ」
私が必死に制止しても、ジョージは剣を引っ込めようとしない。
「剣が……訴えているんだ」
「訴えている? 突然何言い出すの?」
わけがわからないことを言い出した。でもジョージの顔は真剣のままだ。
「説明しても信じてもらえないとは思う。だけど僕は昔から夢の中で、この剣の声が聞こえることがあるんだ」
「……えぇと、なにそれ?」
「今日も朝目覚める前に夢の中で訴えていた。『我の力が再び必要される時が近づいている』と……」
「我の力っていうのは、その魔剣の力?」
ジョージは黙って頷いた。そして今度は剣の柄の先端部分を指差した。
そこには小さな光る宝石が埋め込まれている。炎のように燃える真っ赤に輝いていて、見るからに高そう。
「綺麗……これいくらするの?」
「これは宝石じゃない! 魔王の心臓の一部だ」
「……え?」
耳を疑う言葉が出てきた。でもジョージはその後も話しを続けた。
「こんなに真っ赤に輝くのを見たのは初めてなんだ。魔王の心臓の一部が光を発している。これが意味するのは……復活だ!」
「復活って……何が?」
それからのジョージの話はにわかには信じがたい内容だった。
*
ペラーザの町の南西部、紫色の屋根に三日月型の煙突がある小さな雑貨屋の一室にいた一人のヴァンパイアが酒を飲みながら、窓から夕陽を眺める。
「遅いな、あの二人は……」
「どうした、ルード?」
「ヤンセンとクーラだ。この町を出たようだが、まだ戻っていない。どこにいる?」
「あの二人か……確かミシェルを監視していたはずだが、何かあったのだろうか?」
「……多分人間どもにばれた」
「なんだと? ということは……」
「いや、我々の真の計画の中身についてはミシェルも知らない。いくら人間に捕まって尋問されても、バレやしない」
「それはそうだが……我々のことについて知られたら厄介だぞ」
「そうならないように、ヤンセンとクーラは尾行した。ミシェルに何かあった時のためにな。だが、まだ戻ってないんだ。町を出てもう数時間は経つが……」
ルードの話を聞いて、もう一人のヴァンパイアも窓際に歩み寄り酒瓶を飲んだ。
「それにしてもまずい酒だな」
「贅沢言うなよ、ウォック。人間の町で売ってある酒だからな」
「これだけ人間がうろついているのに、血を一滴も吸えないなんてな。いつまでこんな生活させられるんだよ。全く!」
「ギスカ様からの命令だ。我々がここで潜伏をしなければいけないのは、全てこれのため……」
ルードが机の上に置かれた箱の中にあった、青く輝く宝石を手に取った。
「魔宝石……神をも苦しめたとされるあの大魔王、その復活のために……」
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