第109話 深まるゴアの謎
そこからもゴアは淡々と説明し続けた。簡単にまとめるとこうだ。
まずゴアは事前にこの宮殿に侵入者がいると察していた。それはミシェルの脳内を探って得られた情報からわかった。
ヴァンパイア王の娘である彼女の身に何かあった時は、ヤンセンとクーラという名前のヴァンパイアが尾行して救出する手はずになっていた。
そしてその二人のヴァンパイアには、すでに黒紋の呪いもあった。
「……ということくらいしか、得られませんでした」
「つまり、肝心のゼイオスの居場所やヴァンパイア軍の詳細な動向についてはわからなかったと」
「そうです。真相を知るには、ミシェルではなく彼女を監視する上位のヴァンパイアを捕まえること」
「でも、ミシェルでも彼らの詳しい居場所がわからない。ヴァンパイア達は用意周到、恐らく彼女が捕まった時のことを考えて全てを教えていないのね」
「だから、ヤンセンを利用しようと」
ヤンセンに目を向けるも、彼女は目を逸らした。
「しかし黒紋の呪いは強力、情報を吐き出させたら魔物へ変異してしまいます」
「その心臓で、魔力だけじゃなく彼女の知識も得られたということね。凄い……」
「ほんの一部だけですけど。ただこうでもしないと、あの古代の詠唱の言葉自体が得られません」
「それって……ラーニング?」
「そうです。さすがはエルフ、よく知っていますね」
「ら、ラーニングって?」
また聞き慣れない単語が出てきた。今日はなんか新しい知識が多すぎるわ。
「ラーニングって言うのはね、相手の知識や技やスキルを会得する能力のことよ」
にわかには信じがたい言葉だ。この世界のどんな技の達人だって、相手の技やスキルを見ただけで自分のものにすることはできない。ましてや相手が蓄えた知識なんて。
でもゴアはやってのけた。一体どうやって。
「ゴアの心臓に憑依した魔力には、ヤンセンの魂の一部が宿っているのよ。だから彼女の魂を介すれば、彼女だけしか知らない知識も垣間見れるの。そうでしょ、ゴア?」
「その通りです。少々強引な手法でしたけど、相手の攻撃を直に受ければ確実にラーニング出来ます」
「……凄いわね。でも下手したら自分も死んでたじゃないの、そんなやり方」
「確かに痛みは感じました。ただほかにいいやり方も考えつかなくてですね」
「痛みは感じた? それ本当?」
「はい。感じましたよ。何か問題でも?」
「あなたさっき、自分には心臓がないって言ってたわ。それはどう説明するの?」
「……そうですね、できれば説明したくないんですけど」
いや、説明してくれないと困る。ゴアが本当に何者なのか、そもそも人間なのかですら怪しいわ。
「そこまで! その話はまた後でね。それよりも大事なことがあるわ、ヤンセン!」
アンジェラが両手をパンと叩いた。明らかに話題を変えたがっているわね。
「あなたの呪いはもう解けた。これで心置きなくなんでも話せるわ」
「……ふふ、ははは!」
ヤンセンが笑い出した。
「呪いを解いてくれたのは感謝するよ、これで私は自由の身だからね。でもだからと言って、素直にべらべら喋るとでも思ったのか? 馬鹿馬鹿しい!」
「いえいえ、あなたは勘違いしていますね」
「勘違い? 何が言いたいんだ?」
「さっきも言いましたが、あなたの知識はすでに垣間見ました。ある程度重要な情報も含めてね」
「な……それじゃ」
なるほど。これでもう事情聴取する必要なくなったってことか。
「はい。ヴァンパイア軍の動きや、ペラーザの町にいる仲間の居場所もわかりました」
「ということは、もっと詳しい情報を知るには……」
「ペラーザの町にいる仲間の隠れアジトに行く必要があります。今すぐ行きますか?」
アンジェラは即答で頷いた。宮殿に来たばかりだと思ったら、今度はまた町に戻るというの。昨日より忙しいじゃない。
「がっかりする必要はありません。あなたにはまだ重要な役割がありません」
「重要な役割だと?」
「しばらく眠ってもらいましょう」
「……うっ!?」
「ちょっと! 何をしたの!?」
なんとヤンセンが目を閉じて倒れこんだ。すかさず体を触ったけど息はしている。
「眠らせただけです。安心してください」
「眠らせた? 一体どうやって!?」
ゴアが魔法を発動させた形跡なんかない。私の目は確かよ。
「これは……
「そ、操縛霊って?」
「操縛霊って言うのは魔霊の一種。この霊を対象者の体内にしのばせれば、自分の意のままに操れるようになるわ」
「……なにそれ、恐ろしい。っていうか、いつの間に仕込んだの?」
でもその疑問はすぐに解決した。ゴアはさっきヤンセンの呪いを解くために、槍を掴んで彼女の黒紋を消した。
呪いを消してその後ちゃっかりとその霊を仕込んだ。なんて用意周到なの。
「私だって彼女を得させるだけに呪いは解きませんよ。こうでもしないと彼女は裏切るでしょうから」
「さすがね。ということは、今のヤンセンはゴアには逆らえない」
「そう思ってもらって構いません。とにかく彼女を連れて行けば、仲間との交渉も捗ります」
「人質ってことね。でも、それってうまくいくかしら」
私は敢えて釘をさした。というのも彼らはヴァンパイア、私達人間と同じような考えや常識は通用しない。
彼らは平然と仲間を切り捨てる。昨日戦ったマリエスなんかはそうだった。
「大丈夫です。私に任せてください」
「……わかった。ゴアを信じるわ」
ゴアの自信満々な態度を見ると、なんか妙に安心する。
不思議ね。彼は多分まだ何かを知っている。というか謎だらけ、いろいろと私の知らない能力も使えるみたいだし。
ボルトネア島の魔道士、まだまだ謎が多い。仮面の下は果たして人間なのか。
その秘密は多分アンジェラが知っている。私は医療室を出てしばらくしてアンジェラの腕を掴んだ。
「アンジェラ、大事な話があるの。ゴアとウィンディは先に行ってて」
アンジェラと一緒に廊下の隅にある小部屋の中に入った。
「……ゴアについてどれだけ知ってるの?」
開口一番で聞いてみた。アンジェラの顔は引きつった。言いづらそうにしているのが嫌でも伝わる。
「……彼は仲間、敵ではないことだけは確か」
「人間なのかどうなのか、それだけでも教えてよ」
「…………」
無言になった。これまでにないくらいアンジェラの顔は神妙だ。絶対何か知っているわね。
「あぁ、もうわかったわ。ウィンディに聞いて……」
「人間ではないわ。それだけは言える」
アンジェラが遂に打ち明けてくれた。でもこれだけじゃ物足りない。
「……種族は?」
「ごめんなさい。正直私にもよくわからないのよ」
「わからない? あなたさっきヴァンパイアじゃないって、言い切ったじゃないの!」
「そうね。でも彼は……私を救ってくれたことがある」
意外な言葉が出てきた。アンジェラがゴアをかばう理由、なんとなく見えてきたわ。
「命の恩人ってことなのね。どんな過去があるの?」
でもアンジェラは顔をしかめた。
「わかったわ。どんなことがあったかは敢えて聞かない。でもいくら命の恩人でも、正体不明な種族と一緒に冒険するって、気持ち悪いと思わない?」
「あなたの気持ちはわかるわ。だけどさっきの話は本当、彼の正体は彼本人から聞いて」
アンジェラはそれだけ言い残して、部屋を出て行った。もう引き留める気も起きなかった。
とにかくゴアは人間じゃない。彼から直接聞いてと言われたけど、あのゴアが自分のことについてべらべら喋るとは思えない。
となると、もう一つの方法しかないか。
「ボルトネア島か……」
ゴアの出身の島、彼のことについて詳しく知るにはそこに行くしかなさそう。
だけどその予定はまだ後回しね。今はとにかくペラーザの町にいるヴァンパイアどもを見つけないと。私も部屋を出て、ウィンディとゴアのもとへ急ぐことにした。
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