第108話 全てゴアの計算通り

 ゴアが喋りながら立ち上がった。すっかり黒炭と化した槍は、彼の左手で潰されてバラバラになり地面にまき散らされた。


「黒印魔法ですって!?」

「ウィンディ、もしかして知ってる?」

「黒印魔法って言うのは、相手の体に黒い印を残して呪いをかける魔法よ」


 その言葉通りなら、まさに黒紋とはその魔法のことを指している。ウィンディが言うには、古代の魔道士らが人間や他種族への支配を強めるために使っていたという。


 あまりに危険すぎる魔法のためか、善良な魔道士らは使用を固く封印した。教授することも封印され、それ以来少なくとも人間の間では使われなくなった魔法だ。


「でもヴァンパイアは、その魔法を逃しませんでした」


 今度はゴアが喋り始めた。


「ヴァンパイアの元々持つ邪悪な魔力によって、黒印魔法はさらに強化され改良されました」

「それが黒紋ってこと」

「その通り。我らヴァンパイアによって強度な黒紋へと進化し、呪いの力もさらに増大した。だから人間やエルフなどに、解呪などできるはずはない」

「でも、ゴアはその呪いを解いた」

「……できるとしたら、ヴァンパイアだけだろう」


 ヤンセンの言葉を聞いて、全員ゴアの方を向いた。彼は平然と立ったまま、動揺しているようにも見えない。


「彼はヴァンパイアなんかじゃないわ。私が保証する!」


 今度はアンジェラが強気に否定した。


「だが、さっきの詠唱の言葉は我らヴァンパイアだけにしか使えない。あれはヴァンパイアの間に伝わる古代魔法の詠唱の言葉、そんな言葉をどうやって……」

「種明かしはこれですよ」


 ゴアがさっき黒炭となって床に落ちた槍の一部を手に取った。


「その槍……ヤンセンの」

「なるほど。そういうことね」


 ウィンディが何かに気付いたように声を出した。もしかしてまたウィンディの講義が始まるの。


「これは、憑依ひょういの一種よ」

「ひ、……憑依の一種!?」

「ヤンセンが投げた槍、その槍はヤンセンの魔力、意志が込められている」

「……は? どういうこと、それって!?」

「言葉で説明するのは難しいけど、簡単に言うと、ヤンセンの槍がゴアに直撃した。その瞬間に、ヤンセンの心と体の一部が彼に乗り移ったの」


 その言葉を聞いて、私も含め全員言葉を失った。さすがに今の理屈は衝撃的すぎる。ヤンセンが真っ先に口を開いた。


「馬鹿な! 乗り移るだなんて、そんなことが……!?」

「できますよ。私の心臓はちょっと特殊でしてね、お見せしましょうか?」


 衝撃的な言葉を言ったけど、ゴアは平然と自分の心臓辺りに左手を当てた。


「ちょ……まさか!?」


 そのまま彼の左手がずぶりと胸の中へもぐりこんだ。そして左手が胸から出てくると、思わず目を背けたくなる物が出てきた。


 左手の手の平の上に、血まみれになった丸い歪な物体がどくどくと鼓動を打っている。


 紛れもなく人間と同じような心臓の形、私なんか実物を見たことはない。書物でしかその姿を見たことないけど、確かに心臓に見える。


 全員言葉を失って、彼が掴んだ心臓を目の当たりにした。心臓が体の外に出てくること自体異常だけど、それより恐ろしいのはゴアが平然と立ったままでいること。


 心臓を取り出しても彼は生きている。どういうことなの。


「ふふ、みなさんあまり驚かなくてもいいですよ」

「……驚くなという方が無理があるわよ」

「いろいろと突っ込みたいことが多すぎるわ。そもそもあなた、なんで生きていられるの?」

「順を追って説明しますと、まず私には心臓なんかありません」

「……は!?」


 いきなり衝撃的な言葉を発した。


「心臓がないって……何言い出すのよ!? 変な冗談はやめて!」

「冗談ではありません。ただこれについては説明すると時間がかかるので、とにかくこの心臓の機能について説明します」


 ゴアが取り出した心臓を一気にわし掴んだ。そのまま左手で力を込め続けると、なんと脈打っていた心臓の表面から白い煙が噴き出した。


 その白い煙がゴアの頭の上に集まり出し、白い球体の塊を形成した。すると見る見るうちに人の顔のような形に変えていく。


 でもすぐに誰の顔に変わるかがわかった。


「ヤンセンじゃない!? これは……どうして?」

「なるほど。その心臓の原理……あれと同じね」

「あ、あれと同じって……」

「ナターシャ殿。あなたも知ってるはず、すでに何度か見たことある魔法道具ですよ」


 何度か見たことある魔法道具、その言葉を聞いてやっとピンと来た。


「複製人形ね。でも、全然形は違うじゃない。そんな心臓みたいな形でも、同じことができるって言うの?」

「大事なのはその機能です。たとえ形は違っても他者から魔力を吸収し、それを具現することができる機能だけは変わることはありません」

「つまりあなたはその心臓にわざとヤンセンの槍を狙わせたってことね。彼女の魔力を吸収するために」

「ご名答、さすがはギルドマスターですね」


 アンジェラの言葉を聞いて、私もハッとした。


「ということは、最初から全て計算してたってこと?」

「そうですよ。あの窓からあなたが尖塔の屋根に出てきたのが見えましてね。わざと、狙いをつけやすい位置に立ったわけです」

「……全てお前の計算通りだったということか。ははは! さすがボルトネア島の魔道士」

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