第107話 黒紋が消えた!?

 アンジェラは胸元を指差しながら言った。


「……それがどうした? 言っておくがお前達には関係ない」

「大いに関係あるわ。あなたと同じ黒紋が刻まれた戦士が、最近どっと増えてね」

「なんだと? それは……」

「あなたも知ってるはずでしょ。コルガン峡谷で大量失踪した冒険者達、彼らがどうなってしまったか……」


 アンジェラの言葉を聞いてヤンセンは目をそらした。


「ヴァンパイア達、人間を最終的には魔獣にまで変化させるつもりなんでしょ」

「え? あなたどうしてそれを?」

「ついさっき目の当たりにしたわ。ヤンセンの仲間の男を事情聴取したら……」


 ヤンセンは俯いた。


 しまった。彼女の前で言うべきことじゃなかったわ。私ったら、もっと空気読まないと。


「そう、知ってしまったのね。じゃあ話は早いわ。その黒紋の呪いの力は強力よ。ウィンディがエルフの里に行ってあの商人を見てもらったんだけど……」


 ウィンディがそこでかぶりを振った。


「もしかして……駄目だったの?」

「そうよ。あまりに強大な呪いみたい。里にいるエルフには高位な解呪専門の魔道士がいたんだけど、その魔道士に頼んでも……」

「……ふふふ、当然だ。あれは言ってみればヴァンパイアが強化を施した禁呪の魔法、人間やエルフどもに解けたりなどしない」


 ヤンセンは笑いながら話した。


「あなた、他人事じゃないでしょ」

「その苦しみから解放されるには、死ぬか魔獣になるしか道はない。それが我ら下級戦士の定めだ」

「下級戦士……」


 ヤンセンほどの実力があるヴァンパイアでも下級戦士扱いなの。ヴァンパイアの実力の幅、人間のそれ以上ありそう。


「大丈夫ですよ。私がその呪いから解放させてあげます」

「ゴア? あなた、本当に大丈夫なの!?」

「そうです。まずはこの槍を……」


 ゴアが左手で心臓に突き刺さっていた槍を掴んだ。まさかこのまま引き抜くつもりなの。


「ちょっとやめて! 強引に抜いたら血が……」

「大丈夫よ。彼を信じて!」

「……アーメスト・フォッテルラ・ルルガンディ・オソーデパールザ……」

「な、なに? 突然何言い出してんの?」

「この言葉は?」


 ヤンセンが目を見開いた。


「あなた、何か知ってるの!?」

「……知ってるも何も、我々ヴァンパイアだけにしか使えない禁呪の魔法の詠唱文言だ」

「な、なんですって!? じゃあ、彼は!」

「ゼネ・コーケンセン・ルルガンディ・アッディパルマ・サゴ!」


 ゴアの目の部分が突然光り出した。そして今度は掴んだ槍に異変が起きる。


「なに……燃えてる?」

「ぐわああああああ!!」

「ヤンセン!?」


 ゴアが掴んだ槍が突然青い炎に包まれる。同時にヤンセンも苦しみだす。胸のあたりを抑えて蹲った。


「む、胸……が……」

「ちょっとどうしたの? ゴア、あなた何をしたの!?」

「もう少しですよ。なんとか耐えてください」

「いいから黙って見てなさい」

「ぐぐぐ……がぁああああああ!!」


 ヤンセンの胸からおびただしい量の炎が噴き出す。槍を包んでいる炎と同じ青色だ。


 一体何がどうなってるのかさっぱりわからない。でもこのままじゃヤンセンが死んでしまう。


 どうにかしないと。と思っていたら、アンジェラが私の腕を掴んだ。首を振って何もするなと合図している。


 どうして彼女はこんなに冷静なの。でもウィンディも耐えているように見える。


「がぁあああああ……がっ……うぅう」


 しばらくしてヤンセンは倒れこんだ。胸から出ていた青い炎は消えたけど、重傷なのは間違いない。


「あれ……ヤンセン?」

「うう……体が……軽い?」

「だ、大丈夫……なの?」

「……平気だ。痛みも熱さも和らいだ」

「ふぅ……どうやら無事に終わったみたいですね」

「ゴア、一体どういうことなのよ。説明してよ」

「説明するより見た方が早いわ」


 アンジェラがヤンセンを立たせた。なんといきなり彼女の胸の部分を露わにさせた。


「あ……黒紋が!」

「ない……どういうことだ!?」


 目の錯覚じゃない。クーラには間違いなくあった黒い翼の紋様、ヤンセンのは見ていなかったけど消えている。


 いや、正確にはまだうっすらと輪郭だけはある。彼女にも黒紋はあったんだ。だけど徐々に薄れてきている。


「ゴアが消してくれたのよ。さっきの魔法でね」

「なんですって!? じゃあ、あの言葉って……」

「正確には禁呪の黒印こくいん魔法といいましてね」

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