第100話 ヴァンパイア軍の奇妙な動き
兵士が言うには、その女が左手を上げると目が赤く光って、地中からさっきの魔物達が出現したという。
まさに私達がコルガン峡谷で目撃したのと同じだ。
「これではっきりしたわね。その女はメリッサよ、正体はヴァンパイア」
「ヴァンパイアだって!?」
「しかしわかりません。北西部の国境付近になぜヴァンパイアどもが?」
「理由はなんだっていい。ともかく正体が掴めたのなら、話が早いわ。早速奴らを」
「ちょっと、ナターシャ。まさか本当に戦いに行くつもり?」
「この現状を見て、戦わないなんて選択肢はあるの?」
ウィンディがあまりに戸惑っていたけど、私は部屋全体の光景を再度確認させた。負傷した兵士達、重傷を負って意識が不明の兵士もいる。ウィンディは顔をしかめた。
「馬車の中でミシェルの正体について話したこと、覚えてる?」
「えぇ、覚えてるわ。信じられない、あの受付嬢が……」
「ヴァンパイアの王、サピアの娘だったとは……」
「彼女の話を盗み聞きしたわ。はっきり言ってた、私達ヴァンパイアがこの大陸を支配するってね」
「昨日の戦いだってそう。奴ら、不可侵条約なんてもう守る気なんかないのよ」
「で、でも……本当にヴァンパイア達全員を敵に回したら」
「いつからそんなに臆病者になったのよ。遅かれ早かれ、奴らは戦いを仕掛けてくるわ。アンジェラ、私の言うこと間違ってる?」
ウィンディにこれ以上聞いても仕方ない。でもアンジェラも渋い顔をしている。
「どうしたの? まさかアンジェラまで反対するつもり?」
「いえ、反対なんかしないわ。むしろ私もあなたに同意したいくらい」
「ならどうしてそんな渋い顔するわけ?」
「……どうしても納得できない。というか、引っかかるのよ」
「引っかかる? 何がよ?」
「北西の国境付近、その向こう側には何があるか知ってる?」
「北西の国境の向こう側……何があったっけ?」
「イビル山脈ですよ」
突然横から口を挟んできたのは、それまで沈黙していたゴアだ。
「イビル山脈? そうか、そこには奴らの根城があったはず!」
「何の話してるのよ!? 奴らって誰?」
「魔空庭園がある場所よ。ダークエルフの王ゼイオス、もう忘れたの?」
「ゼイオス……そうか。そうだったわね」
「確かゼイオスのいる魔空庭園にヴァンパイアの王サピアの軍隊が向かっていた、そう聞いたんだけど」
そういえば一か月前との戦いの最後、あのゼイオスの部下も言っていたのを思い出した。
ゼイオスとサピア、両者が魔空庭園でにらみ合っている。現在その状況で、進展については何も知らされていない。
「そういえば国境警備隊に彼らの動向を監視させていたはずよ。そうでしょ、ジュドー?」
「そうでしたね。すみません、コルガン峡谷の失踪事件のせいで、完全に気を取られていました」
「まぁそれはいいとして、その後進展はあったの?」
ジュドーは渋い顔をしてしばらく黙り込んだ。
「……すみません、国境付近は担当地域外ですから。指揮権などは全て現地の警備隊のトップに委ねられています」
「でもそのトップは……」
腰かけていた兵士はそれを聞いてまた項垂れた。まるで自責の念に駆られているかのように、頭を抱えた。
「俺達が未熟だったがために、隊長を……本当に申し訳ございません!」
「やめなさい。今更自分の未熟さを悔やんでも仕方ないでしょう。あなた達は上官の命令に従っただけだから」
「そ……そうは言われても」
「そんなことより、あなたは報告するという大事な使命があるはずよ。恐らく上官から告げられたはず。あの場所で何が起きたのか、もっと詳細な事実が知りたいの」
兵士も平静を取り戻したようだ。深呼吸し姿勢を正して、語り始めた。
サピアが従えていたと思われる軍隊を発見して、彼らの部隊も距離を取り監視することにしたそうだ。
だけどその監視も長くは続かなかった。
「撤退ですって!?」
「はい。二週間ほどでしょうが、魔空庭園から10kmも離れていない場所にしばらく滞在していましたけど、何を思ったのか急に撤退を始めたのです」
「交戦とかなかったの?」
兵士はかぶりを振った。
「そんな……じゃあ、何しに魔空庭園まで行ったのよ」
「ゼイオスが生きていたことを、この目で見たかったんじゃないの?」
「それなら軍隊を率いていく必要なんてないわ。少数で偵察すればいいだけの話」
「ちょっと待ってくれ。まだ続きがある」
「続きですって?」
兵士は必死に思い出しながら続けた。
「魔空庭園のあたりに巨大な魔力の放出を感知しました。それと同時に、翼を広げて誰かが魔空庭園を高速で飛び立っていった」
「一体誰が飛び出したのよ?」
「そこまでははっきりとわかりません。だけど恐ろしいほどの魔力の高さを感じました。あんなヤバいのは……生まれて初めてだ」
「ゼイオス……」
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