第97話 ミシェルの脳内を探れ

 突然部屋に入って来たのは、何とも異様な外見をした人間だ。


 いや、人間じゃないかも。よく見たら顔は鳥、口から長いくちばしが尖っている。とんがり帽子を目深に被っていてよくわからないけど、目はかなり大きくて丸い形をしている。


 全身には青や赤、深緑などカラフルな色調が施されたローブを着ている。右手には先端が花のような形状をしている長い杖を持っている。


 一体こいつは何者なの。


「お初にお目にかかります。私、アンジェラ殿の古い友人で魔道士のゴア・モザンと申します」


 近づいて来て手を差し伸べた。指の形が五本あるからちゃんと人間っぽい、声からして男かな。でも顔は明らかに鳥、どうなっているのよ。


「ふふ、そんなに怖がらなくていいわ。握手しなさい」

「……どうも、ナターシャよ」


 警戒しながらも私はゴアと握手を交わした。触ってみた感じは、普通の人間の手の感触と同じね。


 やっぱり人間のようだ。私は改めてゴアの顔をまじまじと見た。


「やっぱり気になりますか、私の顔が」

「そりゃ気になるわよ。どこの世界に鳥の顔をした魔道士がいると思って?」

「彼は……ボルトネア島出身なのよ」

「ぼ、ボルトネア……島?」


 聞いたこともない地名が飛び出した。


「ボルトネア島はね、シルバニア大陸の北東部にある小さな島よ。周囲が山で囲まれていて、長い間人間との交流もなく独自の文化と生活圏を築いてきた民族がそこにはいる」

「私はそこで生まれ育ちました。この顔がその証」


 ゴアは顔の嘴部分を触りながら言った。


「お面ってことね。でもそんな顔で歩いちゃ、どこでも目立つわよ」

「心配いりません。普段は姿を消して歩きますから」

「姿を消して? そんなことができるの!?」

「おや、あなた方が昨日やっていた方法と同じですよ」


 ゴアが左手を差し出した。手のひらの上に溢れていたのは銀色に光る砂の山、それを自分の体にふりかけると見る見るうちにゴアの姿が消えていった。


「これって……絶理のカーテン!?」

「正確には、それの原料となる絶理の砂よ」

「なんであなたがそんな物を持っているわけ?」

「絶理のカーテンは高度な技術で作られた魔法道具の一種。そんな物が作れるのは一部の民族だけ」


 またアンジェラの講義が始まった。彼女の話によれば、長い間人間社会から隔絶されたボルトネア島の島民が唯一の生活の糧にしていたのが魔法道具の生成だ。


 独自の文化だけでなく、独自の技術と魔法の知識を蓄えた彼らは、人間の想像を超えたユニークな魔法道具を次々と開発していった。絶理のカーテンもボルトネア島で生み出された。


 その独自の魔法道具尾を大陸にすむ人間達に高値で売りさばき、その資金で生活に必要な物資を購入、彼らはそうやって生活してきたらしい。


「でもね、彼らの最大の発明は魔法道具なんかじゃないの」

「というと?」

「ゴア、アレを見せて」


 ゴアが両手を広げると、長く伸びた爪の先端がさらに伸び出した。先端は針のように鋭く尖り、光っているように見える。


「電流針、これで生命の脳内を探れます」

「の、脳内を探る? 何言ってんの?」

「そのままの意味よ。その針を頭に差して、生命の脳内の情報を掻き出す」

「……嘘でしょ、そんなことができるわけ……ていうか、それって魔法なの?」

「正確に言うと魔法ではありません。魔法とはあくまで魔気というエネルギーの集合体を操作し、凝集させたり発散させることで効果を発揮するだけに過ぎませんから」

「あぁ……つまり何がどう違うの?」

「人間や魔物、ありとあらゆる生命には脳が存在します。脳とは生命の感情や思考、記憶を司る器官です。そして脳は無数の神経細胞同士が連携した複雑な作りをしていて、その細胞同士を連携されているのが……」


 そこからのゴアの話は難解すぎて、私にはさっぱり理解不能だった。


「……あなた理解できてないわね」

「えぇ、全然! 話の一割もわからなかったわ。つまり何が言いたいの!?」

「要はね、彼の爪の針を脳に刺して、脳の中に流れる電流と繋いで同期させるの。それで脳の中の情報がわかるってわけ」

「簡単に言えばそうなりますね」


 本当に簡単に説明されたのだろうか。私はまだモヤモヤが晴れない。


「あなた、すでに似たような物を見たはずよ」

「似たような物?」


 アンジェラが頭を指差しながら言った。


「一か月前、あなたが戦ったとかいう赤いドラゴンがいたでしょ?」

「赤いドラゴン……あぁ、もしかして!」


思い出した。炎獅子ルノーがいたアジトで戦った赤いドラゴン、そういえば頭に金色の鎖がつけられていた。


「魔操の金鎖、それも彼らの発明品よ」

「制御不可能なほど凶悪な魔物を従えるために発明した魔法道具です。原理は我々がこれからお見せする電流針を用いて、相手の脳に直接刺激を与えて精神を支配する」

「これが彼らの最大の力よ。魔法道具なんかよりずっと怖いでしょ?」

「確かにそうね。それで今から……その……彼女の頭に」


 眠っていたミシェルに視線を移した。


「正直、ヴァンパイアに試すのは初めてです」

「でもあなた以外に頼れる人はいないわ。大丈夫、何かあっても私達がフォローするから」

「心強い言葉ありがとうございます。それでは早速……」


 ゴアがミシェルのそばまで近寄る。そのままゆっくりと両手を広げ、彼女の頭部に翳した。伸びた爪、針の先端がゆっくりとミシェルの頭に近づく。


「うっ!?」


 次の瞬間、合計10本の針がミシェルの頭に突き刺さる。見ているだけで痛々しい。


「……起きないの?」

「大丈夫、痛みは感じないわ」

「まるで経験あるみたいな言い方してるじゃない」

「えぇ、もちろん」

「は? まさか本当に?」

「しっ! 静かに」

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