第96話 謎の来客

 ミシェルも呆気にとられた顔で聞いた。最初からアンジェラはこのミシェルを脅すために、次から次にハッタリを言っていただけ。


 ミシェルの性格をよく知っていたせいか、完全に信じ込ませることができた。アンジェラの頭脳作戦の勝利ね。


「さぁ、これで切り札もなくなったわね。どうする? まだ抵抗する気?」


 しばらく途方に暮れていたミシェルだけど、目を閉じて項垂れた。観念したみたいね。


「じゃあ、今度こそ事情聴取よ。ついてきなさい」

「……簡単に喋ると思う?」

「別に喋る必要なんてないわよ」

「どういうこと?」


 アンジェラがつかつかとミシェルのそばまで近づく。そして一瞬でミシェルの腹部に拳をあて気絶させた。


「ちょっと、強引すぎじゃない? それじゃ事情聴取できないわよ」

「いいのよ、最初から予想はしていたわ。ちゃんと方法もあるから、安心して」


 冷静な口調でミシェルをおんぶしながら話す。ここはアンジェラを信じよう。


「それにしてもあなた、脚長いわね」

「え? 私の脚?」


 アンジェラが私の脚を見ながら言った。多分さっきミシェルを蹴ったのを見て、気になったんだろう。


「そうよ。股下は100センチくらいあって……」

「ひゃ、100センチ!? どうりで……ね」

「脚力だけは誰にも負けないわよ」

「今度じっくり見せてほしいわ。あなたの脚の速さを」


 アンジェラに褒められながら地下室を出た。でも裏口から外に出ようとしたその時、大事なことに気付いた。


「ちょっと待って! ミシェルはヴァンパイアよ。今お昼だから……」

「安心して。日光を遮蔽しているから」

「そんなことできるの?」

「これを見て」


 アンジェラが何やら小型の円筒型の物体を、ミシェルの鞄の中から取り出した。まるでさもそれが入っているのを知っていたかのようだ。


「それって……何?」

「絶光のスプレーよ。先端の噴射口から薬品を体に噴射させると、日光を軽減できるの」

「へぇ……じゃあ、これがあればヴァンパイアであっても、昼間に活動できちゃうわけ」

「いいえ、効果は一時的なものよ。それに本当に恐ろしいヴァンパイアって言うのは、こんな薬に頼る必要なんてないの」

「え? 日光に強いヴァンパイアもいるってこと?」


 アンジェラが黙って頷いた。ヴァンパイアも私達人間と同様、階級がある。


 主に戦闘能力の差で格付けされているんだけど、昨日出会ったギスカのような上位のヴァンパイアは、人間で言うとSランク戦士かそれ以上の強さ。


「奴らなら、昼間であっても問題なく活動できるわ。この子は恐らく格下のヴァンパイアなのよ」

「サピアの娘なのに? ヴァンパイアの王も大したことないんじゃない」

「そう思わない方がいいわ。さっきの話からして、彼女は末っ娘、ほかにも兄弟姉妹がいる。しかもその内の一人は」

「そうか……メリッサ」


 メリッサ、昨日遭遇したヴァンパイアのリーダーも言っていた。デビルサーペントを召喚したのは彼女だ。


 ミシェルは姉さんと言っていた。つまりメリッサもサピアの娘、かなり強いはず。


「かなり美人だったわよね。人間だったらモテそう」

「そこは、関係ないでしょ」

「でも、ヴァンパイアはぱっと見じゃ人間と間違えやすいわ。その気になったら人間に変装して、いろいろ悪さもできるじゃない。この子みたいに」


 ミシェルを見ながら私は言った。


「それもそうね。潜伏しているヴァンパイア達を洗い出すには、この子から聞き出すのが一番よ」

「なるほど。それはいい考えね。でもどんな方法で聞き出すのよ?」

「ふふ、それはついて来てからのお楽しみよ」


 アンジェラが笑みを浮かべながら歩いた。なんだか嫌な予感がするわ。



 アンジェラと一緒に『まどろみの月』まで到着した。ここはすっかり私達の作戦本部みたいになったわね。


 気絶したミシェルをベッドに寝かせた。彼女の顔と体全身を改めて見た。


 まず耳に関しては長い髪で隠れてたけど、よく見たら先端が尖っている。


 色白の肌を誤魔化していたのだろうか、全身に着色料を塗っているみたい。ミシェルを抱えていたアンジェラの体にべっとりくっついていた。


 そしてヴァンパイア特有の牙はない。いや、正確には矯正しているっぽい。


「本当にヴァンパイアみたいね。じゃあ、改めて尋問したいところだけど……」

「起こさなくていいわ。心配しないで」


 アンジェラは相変わらず笑みを浮かべたまま喋る。この様子からして相当自信あるみたいだけど、一体何を始めるつもりなの。


 その時、かすかに入口のドアが開く音が聞こえた。


「……お邪魔します」

「だ、誰!?」

「あら、もう来たの。早いわね」

「お久しぶりです、アンジェラ殿。それにそなたは……」

「紹介するわ。彼女はナターシャ・ロドリゲス、一か月前に冒険者になったばかり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る