第95話 アンジェラのハッタリ

 なんていうことなの。未だに信じられないけど、さっきの話を盗み聞きしたら間違いない。


「まさか、ギルドの受付嬢が……」

「そうよ。ミシェル、やっぱり黒だったのね」

「しかもサピアのことを父上と呼んでいたわ」

「えぇ、あのヴァンパイアの王サピア・ヴォーレンツの娘とはね」

「……いつからここに?」

「あら、あなたがお昼休みの時間にいつもこそこそしていたのを、私が気づかないとでも思った?」

「……くそ!」


 ミシェルは思わず汚い言葉を吐いた。清楚で真面目な受付嬢だったのに、完全に別人みたいになったわね。


「それにね、もう一つ根拠があるのよ」

「根拠?」

「あなた、彼女達にコルガン峡谷での大量失踪の件を喋ってなかったでしょ?」

「そ、それは……」


 ミシェルは私の顔を見た。


「えぇ、そうよ。さっきのアンジェラの話で初めて聞いたの」

「これほどの一大事を、ギルドの受付嬢が最も頼りになる戦士に話さないのはおかしい。これで確信が持てたわ」

「……なるほどね。私って馬鹿」


 ミシェルはため息をはいた。


「ってことは、冒険者達がいなくなったのも……」

「全てはミシェルが裏で糸を引いていたってわけ。どうりで多すぎると思ったわ」

「…………」


 ミシェルはついに黙り込んだ。観念したみたいね。


「じゃあ、早速事情聴取をするから、着いてきなさい……」

「残念だけど、あなたの言うことをあっさり聞くほど、私だって優しくないのよ」

「この期に及んで、まだ抵抗する気?」

「そうよ。これを見なさい!」


 ミシェルが突然懐から何かを取り出した。左手に持って私達に見せつけたのは、大きな黒い球体。禍々しい気配を嫌でも感じた。


「爆弾!? あなた、なんてものを!」

「これだけの大きさの魔法爆弾なら、ギルドどころかここを含んだ半径100メートルほどは軽く吹っ飛ぶわね。こうなることを予想して、ちゃんと常備していたのよ」

「……考えたわね」

「あら? 死ぬのはあなた達だけよ。私はヴァンパイアだから平気なの」


 ミシェルは勝ち誇ったかのような顔で言い放った。でも、アンジェラは動揺していない。逆にほくそ笑んだ。


「いくらヴァンパイアでも、その魔法爆弾の威力じゃ再生は無理ね」

「なんですって? ハッタリ言って動揺させたって無駄よ」

「ハッタリなんかじゃないわ。その魔法爆弾の色、漆黒になっている。一番高威力な魔法爆弾は濃い紫色のはずよ」

「だ、だから……?」

「そこまでどす黒くなるなんて異常よ。これは恐らく、想定以上の魔力が凝縮されている証」

「ってことは、まさか?」


 アンジェラは私の言葉に頷いた。


「あなたは半径100メートルほどだって言ってたけど、多分この町ごと吹っ飛ぶわ」

「……嘘よ!」

「嘘じゃないわ。だてに私だって長年魔法道具を見ていない。それと全く同じ色をした魔法爆弾がさく裂したのも見たことある、十年前くらいだけど。あれは……恐ろしかったわ」


 アンジェラは淡々とその時の被害状況を伝えた。それを聞いたミシェルも、徐々に顔色を変え始めた。


「そ……そんなの……信じないわ!」


 明らかに動揺を隠せない声でミシェルは言った。


「信じないなら別にいいわ。爆発させなさい。その代わり、あなたは間違いなく死ぬわ。私とナターシャはこれがあるから」


 アンジェラが取り出したのは、守護結界石だ。ウィンディが持っていた魔法道具だけど、アンジェラも同じものを持っている。


 これを使って結界の中に閉じこもれば、どんな破壊力のある攻撃でも防げる。


 ミシェルはそれを見て、ますます動揺し出した。


「ま、町の人間、全員死ぬわよ! あなた……本当にそれでいいの!? 人でなし!」

「なんとでも言いなさい。というより、あなたにその爆弾を持たせた主は、多分それが最初から狙いだったのよ」

「う、嘘よ……そんなの……」

「あなたは最初から利用されただけ。可哀そうにね……」


 ミシェルが口を開けたまま俯いた。魔法爆弾を持っていた左手も徐々に下におろし始める。


 その瞬間を逃さなかった。アンジェラは目で私に合図した。彼女の狙い、私も察したわ。


「えっ!?」

「残念。爆弾は私のものよ」


 ミシェルの左手を、私の長い右足で蹴とばした。魔法爆弾は宙を舞い、落ちてきたところをアンジェラが手で掴んだ。


「ふぅ……全く、ひやひやさせないでよ!」

「ごめんなさい。でも、あなたこそよく察したわね」

「ふふ、甘く見ないでよ。だってあの魔法爆弾さ、失敗作でしょ?」

「な、なんなの……一体どうなって?」

「あなた、最初からアンジェラの策にはまってたのよ」

「策!? ってことは、やっぱり」


 アンジェラは掴んだ爆弾を、守護結界石でできた結界の中に封じ込めた。


「このどす黒さは、失敗作の証よ。爆発しても、多分半径五メートルくらいしか吹き飛ばない」

「なんですって……!?」

「私のほら話を真剣に聞くだなんて。あなた、やっぱり根は真面目な性格なのね」

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