第94話 ミシェルの裏の顔
「お昼休憩に行ってくるわ。一時間で戻るから、それまでよろしくね」
ペラーザの町のギルドのカウンター内にいた受付嬢の一人が言った。
「ミシェルさん、あの……」
「どうしたのよ?」
「いえ、なんか最近お昼休憩の帰りが遅いような気がするんですけど」
「あぁ、気にしないで。少し体調が悪いのよ」
「大丈夫ですか? 無理せず休んだ方が、今日もイライラしているようにも見えたし」
「大丈夫よ! お気遣いありがとう、それより仕事ちゃんとしてね」
ミシェルと言われた女性はそのままカウンターの奥にある戸口から外へ出た。
「……全くどうなってるのよ! うぅ……日差しが強い」
長い髪を掻きまわした。ミシェルは気が気でならない。鞄の中に入れていた薬品を体中に吹き付け、そのまま早足で倉庫まで向かう。
急いでドアを開け、その部屋の隅っこへ向かう。正方形状の仕切りを開け、そのまま梯子を伝って地下へ降りた。
降りた先は大人数名がギリギリ入れるくらいの狭い個室になっている。ミシェルは薄暗い室内で、机の上で明かりを照らしていたオーブに近づいた。
「ギスカ、聞こえてる?」
ミシェルはオーブに呼びかけた。オーブの明かりが強くなり、中央に髪の長い男が座ったまま現れた。
「聞こえている。何か用かね、ミシェル殿」
「何か用じゃないわよ。話が違うじゃないのよ!」
ミシェルが怒鳴ると、男は怪訝な顔を見せた。
「話が違う? 何が言いたいのかね?」
「だから、私が昨日あなた達に差し向けたあの二人よ」
「あぁ、ナターシャとウィンディとかいう二人の女性か。それがどうした?」
「なんで生きて帰って来たの!? 二人を始末する手はずじゃなかったの?」
ミシェルの言葉を聞いて、男は目を閉じた。
「あぁ、そう言っていたかな。だが……事情が変わった。あの二人の始末は後回しだ」
「あの二人はいいとしても、最悪アンジェラだけでも始末できなかったの?」
「これから起こる一大イベントに、あの三人は必須だ。あれほどの強戦士、なかなかいないからな」
「ふざけないで! 私達は遊びでやってるんじゃないの! 我らヴァンパイア一族の勝利のためにも、今の内から少しでも人間の勢力を弱らせる必要があるでしょ!」
「ミシェル殿、確かにあなたの言う通りだ」
男は座り直し、姿勢を正した。
「私を誰だと思って? ヴァンパイアの王、サピアの娘よ」
「正確には末っ娘だ」
男が付け加えると、ミシェルは苛立ちが強まった。
「ともかく、今からでも遅くないから……あの三人を始末しなさい」
「そうは言われてもなぁ、俺達も忙しいんだ。今は無駄に戦力を消耗させたくない」
「あの三人の力をなめないほうがいいわ。私が知っている限り、あの三人はこれまで葬って来たどの人間よりも強いと、確信が持てるわ」
「ふふ……やはりな」
男が笑い出す。ミシェルは呆気にとられた。
「何をそんなに喜んでいるの!?」
「いや……昨日ほんの少しだけ、奴らの戦いぶりを見ていた。デビルサーペントをたやすく倒していたよ」
「そうよ。恐らくもっと強力な魔物でも召喚しないと、無理ね」
「だからこそ、面白いんだよ」
「面白いですって? あなた、一体考えてるのよ!」
怒鳴るミシェルの声を聞いても、ギスカは笑みを浮かべたまま何も言い返さない。
「……わかったわ。あなたとこれ以上話しても無駄だから、父と直接交渉がしたい。いるんでしょ?」
「おいおい、急にそんなこと言われてもな」
「いいから、交渉させて。これ以上無駄な議論をしたくない」
ギスカはふぅとため息を漏らし、頭をかいた。
「……仕方ないな。待っていろ」
しばらくして画面が切り替わる。今度は中央に長い白髪を生やした老人が現れる。椅子に腰かけ、目を閉じたまま項垂れている。
「お父様、ミシェルです。今お時間よろしいでしょうか?」
ミシェルが呼びかけても目を開けないまま、そのまま顔を上げた。
「……ミシェル、随分と焦っているみたいじゃないか」
「焦っているもなにも、ギスカ達が言うことを聞いてくれないんです。昨日わざとコルガン峡谷におびき寄せた例の戦士達、殺さずに生かすだなんて」
「そうか……お前が怒るのも無理はない。しかしギスカ達はちゃんと仕事をしてくれている」
「どこが!? お父様、彼らを買いかぶりすぎですよ。いいからあの人間達を……」
「ミシェル!」
サピアは目を開けて大声を出した。ミシェルは思わず黙り込む。
「お前に彼らを批判する資格はない。どれだけ力の差があるか、わかっているはずだ」
「…………ですが」
「私は彼らを信じている。それに敵は人間だけじゃないことを忘れるな」
「…………はい」
えも言えぬ威圧感を漂わせながら、サピアは静かに語った。反論したい気持ちで一杯だったが、遂にミシェルもそのまま何も言わずサピアとの交渉を終えた。
「満足か? なら……切るぞ」
最後にギスカが画面に映し出されるも、オーブはそのまま光を失った。ミシェルは机を両手でバンと叩いた。
「くそ……ギスカといい、お父様と言い、どうして私の気持ちをわかってくれないの!? あいつらを生かしちゃ駄目、私達ヴァンパイアがこの大陸を支配するためにも……こうなったら、姉さんを頼らないと」
「もしかしてメリッサのこと?」
「そうよ……メリッサ姉さんに……って、誰!?」
聞き覚えのある声が聞こえミシェルが振り向いた。直後、彼女の顎下に鋭い剣先が突きつけられた。
「ま、マスター……!?」
「話は聞かせてもらったわ。あなたとは、じっくり話し合わないとね」
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