第93話 黒紋の精神攻撃

 ウィンディが何かに気付いたような反応を見せた。


「黒紋ですか?」

「何? くろ……もん?」

「その通り。胸の部分にヴァンパイアだけしか残せない黒色の紋章が刻まれていたの」

「そんな……あり得ない。どうして彼らがそんなことを?」

「もはや人間達に喧嘩を売っているとしか思えないわね。多分昨日戦った奴らとも関係しそう」

「そういったこともありましたから、ここ連日はコルガン峡谷での監視を、秘密裏に行うことにしていたんです」

「だけど奴らは用心深い。目立って行動したら、姿すら現そうとしないから」

「だから、宝石商を利用しようと……」

「うぅん……う? ここは……!?」


 宝石商が目を覚ました。


「もしかして昨日の夜からずっと?」

「そうよ。全くこの男は……やっと起きたわね」

「これで事情聴取ができるな。さぁ、立つんだ」

「あの……あなた方は? ここはどこなんです?」

「ここがどこかどうかなんてどうでもいい。あなたには聞きたいことが山ほどあるのよ、主にコルガン峡谷の件で……」


 アンジェラが怖い顔で睨みながら、宝石商の体を強引に起こした。


 でも、なんか様子がおかしいわ。私達の顔を見ても、怯えているように見えない。それどころか挙動不審みたいに、キョロキョロしだした。


「いたた! あの……私が何か悪いことでも!?」

「まだとぼけるつもり!? コルガン峡谷でヴァンパイア達と何を取引していたの?」

「奴らの狙いは何だ? 知っていることを全部話せ!」

「コルガン峡谷……ヴァンパイア? 一体何の話で?」


 まるですっ呆けたような反応を見せる。私達は唖然とした。


「ちょっと……今さらとぼけるつもり!?」


 アンジェラは怒りを隠し切れず、思わず剣先を宝石商に向けた。


「ひぃいい!! 何するんですか!?」

「マスター、落ち着いて! もしかしたら一時的な記憶障害かも」

「あなたまで何変なこと言うの!? この男は昔からずる賢いんだから。おとなしく喋りなさい!」

「ちょっと待ってください! 本当に何も覚えていないんです、あなた方が何者かもわからないのに……」

「私達のことまで忘れたの? どれだけ怒らせたら気が済むわけ?」

「待ってください! この症状、もしかしたら……」

「ウィンディ、何か知ってるの?」


 ウィンディが一歩前に出た。右手を前に出し、そのまま宝石商の顔に近づける。


「……やっぱり。これは!」

「あなた、何を調べたの!?」

「気を付けてください、この宝石商もすでに……」

「うぅうう!!」


 突然宝石商が苦しみだして、うずくまった。一体何がどうなってるのよ。


「やっぱり始まったわ」

「なんなの? どうして急に苦しみだすわけ!? ウィンディ、説明して!」

「説明するより見てもらった方が早いわ。アンジェラさん、ちょっといいですか?」


 ウィンディがアンジェラに耳打ちして何かを囁いた。すると、アンジェラも目を見開く。


「……まさか。いや、あり得るわ」

「うぅうう、た、助けて!! 苦しい! はぁ……はぁ……」

「どうしたというんだ!? この反応は……まさか?」

「ジュドー、それからあなた達も下がってなさい」


 アンジェラが剣先を宝石商の胸の部分に近づけた。


「ちょっと、何するの!?」

「黙って見てて!」


 そのまま剣で服を斬り裂く。胸毛がいっぱい生えた宝石商の肌が露わになった。


 でも異様に黒い。最初は毛深すぎだと思ったけど、よく見たら違った。変な模様がある。


「これは……黒色の翼?」

「これが黒紋よ」

「これが……そんな……じゃあ彼も」

「うぅ……がぁあああああああ!!」


 突然宝石商が目を大きく見開いて呻き声をあげだした。今まで以上に苦しんでいるみたい。


「ちょっと……かなりヤバい感じ!?」

「まずいわね! ウィンディ、頼める?」

「マインドキュアー!!」


 ウィンディが魔法を唱えると、右手から淡い光が漏れ出しそのまま宝石商を包みだした。淡い光に包まれた宝石商は、徐々に苦悶の表情が和らぎそのまま目を閉じて動かなくなった。


「すでに黒紋の呪いにかかっていたとは……私としたことが!」


 アンジェラは悔しさを滲ませながら言った。


「……彼は大丈夫なの?」

「なんとかね。意識はあるけれど……あくまで応急処置に過ぎないわ」

「あなたの魔法でも無理なの。ってことは、本格的な治療は……」

「大丈夫です。エルフの里に行けば、専門の治療魔法師達がいます。彼らが森の精と力を合わせればなんとか……」


 その話を聞いてどことなく安堵した。


「ものすごく苦しんでいたわ。黒紋っていうのは、精神攻撃みたいなもの?」

「単なる精神攻撃ではありません。相手の神経を直接攻撃する禁呪魔法で、精神だけでなく全身に激痛を伴わせることも可能です」

「人によって症状はバラバラだけど、最終的には精神が崩壊して廃人となることも……」

「ひどい……非人道にもほどがあるわ」

「そりゃ、ヴァンパイアは人間じゃないもの。それくらい涼しい顔でするわ。まぁ、それで済むならまだマシな方だけど」

「マシ? 廃人よりもひどい結末とかあるの?」

「……それは」


 ウィンディがここで口を閉ざした。何か言いかけているみたいだけど。


「ウィンディ殿、それ以上は」

「ごめんなさい。とても言えないわ」

「はぁ? 何よ、気になるじゃないの」

「ナターシャ、世の中には知らなくていいことがたくさんあるの」


 アンジェラまで口を濁している。


「あぁ、もうわかったわ。みんなして、私を仲間外れにしたいのね」

「ちょっと、誰もそんなこと言ってないでしょ?」

「もしかしたら嫌でも知ることになるかもしれないわ。だからあせらないで」

「ごほん! みなさん、それよりも彼の治療を」


 ジュドーが宝石商を見下ろしながら言った


「あぁ、そうだったわね。ウィンディ、頼める?」

「はい」


 ウィンディが宝石商を抱えて部屋の外に出ようとした。


「今からエルフの里に行くの?」

「大丈夫よ。そこまで離れていないわ、グスタフに乗って行けばすぐだから」

「悪いわね。じゃあ、頼んだわよ」

「しかしまいりましたね。肝心の宝石商があの様子では、これ以上の情報を掴めない。どうすれば……」


 ジュドーは頭を抱えながら言った。でも対照的にアンジェラは笑みを浮かべている。


「大丈夫よ。もう一人重要参考人が増えたみたいだから」

「え? もしかして誰か心当たりがあるの?」

「ミシェルに会いに行くわ。ついて来て」


 アンジェラが部屋の外に出ようとした。ミシェル、その名前は聞き覚えがないんだけど。


「ちょっと待って。ミシェルって誰のことよ?」

「あら、知らないの? というか、もう何度も会っていると思うけど……」

「……女の人?」


 アンジェラは頷いた。


「私を尾行してほしいって、あなたに頼んだ女よ」

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