第92話 コルガン峡谷で大量失踪!?

 翌日、私はペラーザの町の『まどろみの宿』にて目を覚ました。


「おはよう。もう朝の11時よ」


 かなり寝込んでしまったらしい。昨日、いやよく考えたら既に日付が変わっていたから、今日の未明に町に戻って、それから寝たんだ。


「ウィンディは……眠くないの?」


 私は重たい瞼をこすりながら話しかけた。


「エルフは睡眠時間をあまり必要としないのよ。長年そうやって生活していたから」

「……羨ましい」

「お風呂が湧いているから、早めに入りなさい」

「ありがとう。さっそく入るわね」


 ウィンディが入った後のお風呂に入るのは地味に楽しみになっている。彼女が使うエルフ特有のハーブの香りが、凄く心地よいから。


 そして極めつけはここの宿のシャワー。天井に備え付けられた特殊な装置で、霧のような柔らかいシャワーが飛び出る。しかもハーブの香りも一緒に。


 全身に浴びて、私の心も体もリフレッシュされた。すっかり眠気も覚めたわ。


「あぁ、すっきりした! もう昼じゃない! さっさとご飯食べないと……」

「素敵な香りね。私も浴びていいかしら?」

「えぇ、いいわよ……って、あなた!?」

「おはよう、ナターシャ。随分遅いお目覚めね」


 なんといつの間にか、部屋にアンジェラが入っていた。気配もなにも感じなかった。なんて女なの。


「ふふ、驚きすぎじゃない。私がそんなに怖い?」

「……何しに来たのよ?」

「何しに来たのじゃないわ。コルガン峡谷でも言ったでしょ、あなた達とお話があるの。重要参考人と一緒にね」

「重要参考人?」

「そうよ。いいわ、入れてあげて」


 アンジェラがそう言うと、部屋のドアが開いて見覚えのある男が二人ほど入って来た。一人は昨日コルガン峡谷でヴァンパイアに宝石を渡そうとした宝石商、そしてもう一人は久しぶりに見た顔だ。


「おはようございます、ナターシャ殿。それにウィンディ殿」

「ジュドー! あなたがここにいるってことは……」

「この男の怪しげな行動は、警備隊も把握していました。アンジェラ殿にも伝え、調査をしていたところです」


 ジュドーがそう言うと、縄で縛られた宝石商を私達の前に突き出した。もはや完全に罪人扱いね。


「ちょっと待って! 今の言い方だと、宝石商がコルガン峡谷でヴァンパイアに会っていたことを既に……」

「えぇ、認知しておりました」

「つまりあなた達は、わざとこの男を泳がせていたわけ?」

「そうよ。ヴァンパイアがただ金目当てに宝石なんか受け取るわけがない。何か裏の事情があるはず、そう思いながら連日この男を尾行していたんだけど……」


 アンジェラが私達を睨んだ。完全に私達が邪推しちゃったってわけね。


「……ごめんなさい。そうだとは知らなかったのよ」

「私達は、ギルドの受付嬢に依頼されてあなたを尾行したの。当初はあなたを監視するのが狙いだった」

「その話はすでに聞いてるわ。誤解されたのは私にも責任がある。謝るわ」


 アンジェラは軽く頭を下げた。


「本来なら私達だけの問題なんだけど、あなた達が関わった以上、協力してもらうわよ」

「……もしかしてタダ働き?」

「受付嬢が提示した十倍以上の金額を出す、と言ったら?」


 思わず耳を疑った。ウィンディも目を見開いている。確か受付嬢は前金で5000ゴールド、調査が終わったら5000ゴールド手渡すと言った。


「十万ゴールドもくれるの!?」


 アンジェラは頷いた。


「そりゃもう……それだけのお金をくれるんなら、引き受けるわよ!」

「ありがとう。正直今回は相手が相手だからね、私だけじゃきついのよ」

「アンジェラさん、その話なんですけど……」


 ウィンディがそっと口を挟んできた。


「ヴァンパイアが私達人間に対して戦いを挑むだなんて、未だに信じられません。だって彼らとは……」

「不可侵協定を結んでいるってことはわかってるわ。でもそれを守らない不届き者もいる」

「それは知っていますが、あそこまで表立って人間に戦いを挑むだなんてあり得ないかと」

「あり得るんですよ」


 ジュドーが口を挟んだ。


「ジュドー、あなたヴァンパイアについて、どれだけの情報があるの?」

「専門家ではありません。ですが、最近彼らの間で不穏な動きが見られるようで……」

「……というと?」


 ジュドーは宝石商を見下ろしながら話し続けた。


「宝石商の件もそうなんですが、実は何名かの冒険者らがコルガン峡谷で行方不明になっているようです……」

「なんですって? そんな話初めて聞いたわよ」

「ここ最近のことよ。コルガン峡谷に出現する魔物退治の依頼が急に増え始めてね。特に先週なんか、二十名もの冒険者がコルガン峡谷に行ったんだけど……」


 急にアンジェラは言いよどみかけた。


「帰って来たのは、わずか三人だけだった……」

「さ、三人……だけ?」

「しかも帰って来た三人の様子もおかしかった。意識はあるみたいだけど、かなり重篤で、まだ回復しきれていない」

「うなされているようなんです。正気を失っているというか……」

「……怖いわね」

「間違いなく、ヴァンパイアが絡んでいるわ」

「どうしてそう言い切れるの? もしかしたら変な魔物の仕業かもしれないじゃない」

「言い切れるわ。生き残った三人達には、共通して胸にある紋様が刻まれていた」

「紋様……ですって?」

「まさか!」

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