第91話 ナターシャの師匠
戦いはほぼ一瞬で終わってしまった。出現した二体のデビルサーペントは、私達の敵じゃなかった。ボルケーノシュートを操作して一撃だったし、アンジェラもほぼ何事もないように倒していたみたい。
遠巻きながら一瞬だけ見えた。アンジェラの剣捌き、全て動きに無駄がない。
さすが受付嬢が、Sランク冒険者でもかなうかわからないと言わせるだけの強さね。彼女と本気で対戦したら、もしかしたら最高に面白い戦いになりそう。実現するかどうかわからないけれど。
することがなかったウィンディは、仕方なく宝石商の身の安全を確保していた。だけど宝石商は目を瞑ったままぐったりしている。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「大丈夫よ、気絶しているだけ。多分、立て続けに出現した魔物で失神していたようね」
「もう、びっくりさせないで」
「あなた……強いわね」
アンジェラは近づいて、少し意外そうな顔をしながら言った。
「当たり前じゃない。だてに十年近くも修行積んでないわ」
「十年? あなたそんなに修行していたの?」
「そうよ。というか物心ついた頃からね」
「へぇ……それはそれは。きっと立派な師匠がいたことね」
アンジェラが含み笑いをしながら言った。師匠、その言葉に私はピンと来た。
「……そうね。確かに立派な師匠がいたわ」
「そういえば聞いてなかったわね。ナターシャの師匠ってどんな人なの?」
ウィンディも聞いてきた。確かに気になる部分かもしれない、私をここまで育ててくれた、間違いなく最強の師匠。
「五歳の時に初めて会ったわ。背が高い老人で髭が長かった。十年くらい付き合ってくれたけど、今はもう会っていないわ」
「そう。名前はなんていうの?」
「……レギオス」
私の言葉に、アンジェラは一瞬だけ目を見開いたかのように見えた。この反応、気になるわ。
「レギオス、名前だけでファミリーネームまでは聞いてないわ。出身がどこかもわからない」
「どのくらい強かったの?」
「あの人は、強いとかそういう次元でも例えられない。世界が違っていたわ」
「どういう意味?」
「何度も対戦してもらったけど、私は一回も勝てたことはない」
「あなたが……一回も?」
私は黙って頷いた。ウィンディも信じられないような顔をしている。アンジェラも関心を示しているみたい。
「それはますます興味が出てきたわ。レギオスなんていう戦士は聞いたことないけど、私も会ってみたいわ」
「そう……でも、もしかしたらそれは難しいかもね」
「というと?」
「私と修行していた時点で、すでに70は超えていたっぽいから。年齢的に考えたらもう……」
ウィンディはそれを聞くと暗い顔を見せる。
「いやいや、それは普通の人を基準にしての話よ。レギオスのことだから、多分まだ生きてるはず」
「そ、そうよね。じゃあ、いつか会いに行きましょう……」
「ごほん。二人とも、もういいかしら?」
アンジェラが咳ばらいをしつつ、注意を向けさせた。
「あぁ! ごめんなさい。ついつい話し込んじゃって」
「別にいいわ。それよりもう夜も遅いし、町に戻らないとね」
「そうね。さすがに疲れたわ」
「それより……あのヴァンパイア達は?」
「こんな夜中にこの峡谷を超えるのは自殺行為よ」
「……奴らの狙いは、一体何なの?」
ウィンディが真剣な顔で語りかける。
「気になる気持ちはわかるけど、それを考え出したら眠れなくなるわ」
「それもそうね。じゃあ戻りましょう」
「ちょっと待って、なにか忘れてない?」
アンジェラの言葉にウィンディはハッとして、周りをキョロキョロ見回した。
「そうだった! グスタフは? グスタフー!!」
「ガウ!!」
遠くからグスタフの声が聞こえた。思わず私も安心した。
「あぁ、よかった。無事だったのね」
「グスタフは無事よ。私が避難させたから」
「え? あなたが……もしかして?」
「あと、これもね。随分いい魔法道具持ってるじゃないの」
アンジェラが手に持って差し出したのは、ずぶ濡れになっていた布切れだ。
「それは……絶理のカーテン!」
「あなた、最初から気づいていたのね」
「絶理のカーテンはね、羽織っているとその部分だけ空気と光の流れが、おかしくなるの。嫌でも違和感を抱くわ」
そういうことか。どうやらアンジェラの察知能力を侮っていたみたい。こりゃ戻ったら、こっぴどく叱られそう。今夜は眠れるかしら。
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