第90話 ヴァンパイアの集団

 咄嗟に目を開けて、私も異変に気づいた。さっきまで無数に浮かんでいた槍が消えていた。


 その代わり、目の前のヴァンパイアの胸元から鋭く尖った刃物がはみ出している。どういうことかと思ったら、その背後には、見覚えのある女性が立っていた。


「ぎ、ギルドマスター!?」

「やれやれ、あなた達も一緒だったのね。夜間のパトロールは危険よ、こんな奴がいるからね」


 アンジェラが背後からヴァンパイアの胸元に剣を突き刺している。すっかり彼女のことを忘れていたわ。


「さぁて、あなた達への説教はあとにするとして。まずはあなたね。一体この峡谷で何をしていたか教えてくれる?」

「貴様……勝ったつもりか?」


 アンジェラが事情を聞こうとしても、ヴァンパイアは強気だ。あの態勢でまだ強気でいられるってすごいわね。


「ヴァンパイアの弱点はね、核なのよ」

「か、核?」


 ウィンディが小声でつぶやいてきた。


「心臓じゃなくて?」

「正確には心臓もあるわ。人間と同じように。でもヴァンパイアは魔力が凝縮された核が体内にあるのよ」

「じゃあ、その核が破壊されたら……」


 ウィンディはすぐにかぶりを振った。聞かなくても大体想像はついた。


「さっきも言ったように、ヴァンパイアの自己再生能力もその核で支配されているのよ」

「じゃあ、今突き刺さっている剣の間近に……」


 恐らくその核がある。アンジェラも確信しているはず。


「……ふふふ、見当違いなところを刺したな」

「そうかしら?」

「仮に俺を殺せても、あれだけの数を相手にはできまい」

「何を言ってるの?」


 ヴァンパイアが意味深なことをつぶやいている。でもそれを考察する暇はなかった。


「避けて! アンジェラ!」


 咄嗟に感じた鋭い殺気、すぐに大声を上げてしまった。でもアンジェラも気づいていたようだ。


 すぐにヴァンパイアから剣を抜いたアンジェラは、飛んできた無数の矢を素早く剣で捌き切った。


 なんて身のこなしと反応の速さ、やっぱりアンジェラの腕は確かね。


「今のは……!?」

「アンジェラさん、大丈夫ですか!?」

「私はいいから、あの男を!」


 アンジェラに言われて私達もハッとした。気づいたら、さっきのヴァンパイアが消えていた。


 いや、消えたんじゃなくて移動した。直後に空を見上げた私達は、信じられないものを目にした。


「あいつら……いつの間に?」

「お仲間さんがたくさんいて、羨ましいわ」


 大きな満月の中に翼を広げた影が何体も見えた。ヴァンパイアの集団が飛んでいる。


「マリエス、無茶するなよ」

「悪かったよ、さすがにあの数じゃ俺もきつかった」


 マリエスと呼ばれたヴァンパイアは同じヴァンパイアの一人に抱えられて、空を飛んでいた。緑色の長髪、マリエスと同じくらいの身長、青い服を着ているけど、ほかのヴァンパイアよりかなり豪華な見た目。


 全員口元にフードを被っているけど、中には女性のヴァンパイアも要るっぽい。背がかなり小さい奴もいる。もしかして子どもなの。


「厄介ね、あの数は……」

「アンジェラさん、どうします?」

「……あなたは逃げる気じゃないわよね」

「えぇ、もちろん」


 アンジェラの言う通り、私の闘志はさらに増した。あれだけの数のヴァンパイアを相手にするだなんて、ちょっと骨が折れそうだけど、私は逃げたりしないわ。


「人間どもよ、警告しておく。これ以上我々に関わらないことだ」

「何を言い出すの? 目撃者は始末するってそいつが言ってたわ!」


 私はアリエスを指差して叫んだ。


「……今回は特別だ。見逃してやろう」

「見逃すですって? なにふざけたことを!」

「我々ヴァンパイアも無益な争いは好まない。先ほどはすまなかった、私が代表して謝罪しよう」


 マリエスを抱えている緑髪のヴァンパイアが本当に頭を下げた。恐らくあいつがリーダーね。だけど謝罪するだなんて、拍子抜けするわ。


「おい、ギスカ。どういう風の吹き回しだ!?」

「黙れ」

「ぐっ!?」


 マリエスが苦しんだかと思うと、直後に目を閉じてぐったりした。


 今、一瞬だけ恐ろしい魔力を感じた。恐らく魔法か何かで気絶させたんだと思うけど、あのギスカって奴、ただ者じゃない。マリエスですら赤子扱いなの。


 横にいたウィンディは震えていた。対照的に私は思わずますます戦いたくなったわ。


「ということだ。今回は失礼させてもらう」

「待ちなさい、逃がすと思って?」

「全く面倒だな。おい、メリッサ」

「任せて」


 ギスカの隣にいた女性のヴァンパイアが左手を高々と上げた。そして目を赤く光らせた。


 次の瞬間、履いているブーツが地中からの振動を感知した。


「これは!?」

「来るわ、伏せて!」


 揺れがどんどん激しくなってきた。そして目の前に巨大な蛇型の魔物が地中から姿を現した。


「しゃああああああああああ!!」

「デビルサーペント!? これは……Sランクの魔物?」

「あなた達の相手はその子達で十分よ。じゃあね」


 空を飛んでいたヴァンパイアの集団は直後、空の彼方目指して高速で飛んで行った。


「なんて速さなの!」

「あいつらを追いかける暇なんかないでしょ!」


 ウィンディの言う通り、今はこいつを倒すしかない。でも直後に、別の振動も感じた。一体だけじゃないみたい。


「しゃあああああああああ!!」

「くそ……二体もいた」


 今度は後ろから二体目も出現、挟まれた。


「こいつは私が倒す。あなた達は後ろにいる奴をお願いね」

「ちょっと、アンジェラ!?」


 アンジェラは颯爽と飛び出し、最初に出てきたデビルサーペントの口に突撃した。


「無茶しちゃって。いい年なんだから」

「彼女は大丈夫。私達も行くわよ」

「……わかったわ」


 ウィンディに呼びかけて、背後にいるデビルサーペントと対峙した


 アンジェラも気にかかるけど、彼女の強さなら多分大丈夫。本当は彼女の戦いぶりを見てみたいけど、今はとにかくこいつを倒すことに集中よ。

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