第89話 幻惑の槍

 ヴァンパイアは両腕を広げると、直後に爪を伸ばした。


「ナターシャ、気を付けて。こいつは……」

「わかってるわよ。さっきの奴とは格が違うってことくらい」


 ウィンディも無意識に弓を構えている。私も嫌でも感じた。


 こいつから感じる気の量は半端ない。さっき戦ったヴァンパイアとは、比べ物にならないほどの何かを感じる。いずれにせよ、簡単に勝てるような相手じゃないわね。


「ふふ、どうした? かかってこねぇのか……」


 男は余裕の態度で挑発している。この余裕の態度、見せかけじゃないわ。


 だてにあのヴァンパイアを槍で一撃で倒していない、しかも投げた距離と角度から考えても、この男の射程の長さも侮れないわ。


 でも、私の闘争心は湧きたった。今度こそ、強敵と戦えるってね。


「俺は焦らされるのが嫌いなんでね。はぁあ!!」


 男の方から仕掛けてきた。私の目の前まで突進し、直後に姿を消した。


「ナターシャ、後ろ!」


 咄嗟に振り向いて、男の爪攻撃を剣で受け止めた。


「なに……どうして?」

「見えてないと思った? 残念ね、あの程度の動きなら遅い方よ」


 男はかなり予想外な顔をしている。完全に仕留めたと思っていたみたいね。


 私の動体視力だって侮らないでほしいわ。男は諦めたのか、後退した。


「ふふ、だてにあの底辺野郎を倒していないな」

「その程度で私を殺そうとするつもり? 甘く見ないで」

「強気な女だ。だが俺もただお前に攻撃しただけじゃないぜ」

「なんですって?」


 男が意味深に笑っている。よく見たら左手を背中に隠していた。長い棒の先端まで見える。


「それは!?」


 左手をゆっくり前に出すと、さっきのヴァンパイアを焼き尽くした槍をすでに持っていた。


「これが欲しかったのよ。俺だって素手でお前と戦うほど馬鹿じゃない」

「なるほどね。攻撃すると見せかけて、なかなかやるじゃない」

「その余裕の態度もこれまでだぜ。はぁあ!」


 今度も男から仕掛けてくるつもりだ。槍を両手で持ったと思ったら、なんと勢いよく私に向けて投げてきた。


 よく見たら、回転しながら弧を描いている。槍をブーメランのように扱っているようね。


「そんな攻撃だって焼け石に水よ」

「そうかな?」


 高速で向かってきたけど、私からしたら受け流すのはたやすい。


 でも剣で槍を弾こうとしたその刹那、一瞬だけ違和感を覚えた。


「なにこの剣!?」


 気のせいじゃない。よく見たら、透けていた。どうして透けて見えるの?


 もしかして、この槍は。


 一瞬私の心が混乱しかけたけど、直後右から襲ってきた殺気を逃さなかった。


 ガキィイイイイン!!


「ちぃい! やるじゃないか!」

「……くっ、あなたこそ味な真似してくれるじゃない」

「そうだな。だが今のは小手調べだよ」


 男は槍を持って私に攻撃してきていた。何とかギリギリで気づいたけど、これではっきりしたわ。


「それは幻覚よ!」

「そうだろうと思った」

「やはり気づいていたか。だが一本だけじゃな……」

「なんですって?」


 ウィンディの言葉通り、あの飛んできた槍は幻覚だったのね。どういう仕掛けかわからないけど、この男がいつの間にか魔法を唱えのかしら。


 男はまた後退して、私と距離を取った。


「魔法じゃないわ。多分その槍、ファントムスピアね」

「ファントムスピアですって!?」

「さすがはエルフ。よく知っているな」

「ファントムスピア。敵対する相手に幻覚の作用をもたらすの、使用者の魔力が高ければ高いほど、相手に精巧な幻覚を見せる。かなり厄介よ」


 確かにそれは厄介だ。私も向かってきた槍を一瞬本物だと思い込んでしまった。


「ナターシャ、私も戦うわ。あの武器の幻覚なら私の魔法で……」

「気持ちは嬉しいけど、相手は一人よ」

「何言ってんの? こんな時に強がらないで、あいつはあなたを殺す気なのよ」

「だからなのよ。これは真剣勝負なんだから、相手が一人ならこっちだって一人よ」

「ふふ、いい度胸しているじゃないか。気に入った、だがそのプライドの高さ、完全に命どりになるぜ」


 男は相変わらず余裕の構えだ。再び槍を両手に持ったかと思うと、今度はかなり魔力を高め始めた。


「こ、これは……!?」


 恐ろしいほどの魔力の高まりを感じる。やっぱりこのヴァンパイア、並みの強さじゃない。


「ふふ、感じるか? 徐々に恐怖に変えてやるぜ」


 次の瞬間、男の背後の周囲におびただしい数の槍が出現した。全部ファントムスピアじゃない。


「な、なんて数なの?」

「だから幻よ。騙されないで」

「ふはは! どうだ、無数の槍に襲われる気分は?」


 男の言っていることもハッタリよ。惑わされちゃ駄目。


 あの無数の槍の中に本物の槍が一本紛れている。ここは目に頼っちゃ駄目ね。目を閉じて、どれが本物か感じないと。


「待って、ナターシャ!」

「ウィンディ、今声掛けないで」

「違うわ。あれを見て!」

「あれって、まさかあなた本物が!?」

「そうじゃなくて、彼女よ」

「か、彼女……?」

「き、貴様……誰だ?」

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