第86話 狙いは魔宝石!?

 宝石商が箱に手を伸ばした。中から取り出したのは、拳大ほどの虹色に光る宝石だ。


 大きさもさることながら、虹色の輝きに思わず見とれてしまった。あんな宝石見たことないわ。


「レインボーパールよ! あれは……宝石の中でも最上級の代物じゃない!」

「あの宝石商……裏でこんな商売してたのね」


 黒いローブの奴はそのまま手を伸ばして宝石を顔の前まで上げて、まじまじと見つめた。


 最初は鑑定しているかと思ったけど、直後に意外な行動に出た。


「す、捨てた!?」

「……怒ってるみたい」


 手にした宝石を地面に投げ捨てたローブの奴は、何やら凄い剣幕を立てているようだ。宝石商も思わず頭を下げて謝っている。


 すると宝石商はまた箱に手を伸ばし、今度は別の宝石を出した。


「マグマダイヤだわ」


 私達が午前中に鑑定してもらったマグマダイヤと同じだろうか。するとやっぱりローブの奴は、また手を伸ばして見つめ始めた。


 だけどマグマダイヤもすぐに地面に投げ捨てた。


「これも違うって言ってるわ」

「一体何なのよ? 宝石が欲しいんじゃないの?」

「……多分違うわ。あいつが欲しいのは……」


 またも謝った宝石商だけど、懲りないのかやっぱり箱の中に取り出して、今度は大量の宝石類を取り出した。


 一体全部でいくらの価値があるのよ。というか、宝石をあれだけ大量に持ってこんな峡谷まで来るなんて、異常としか思えない。


 黒いローブの奴はというと、相変わらずさっきと同じだ。今度は手に持ちきれない量だから、しゃがみこんで出てきた宝石を全て見下ろした。


 そして遂に一個だけ右手に持った。


「これだ、って言ってるわ」

「あの宝石が? 嘘でしょ、アレって……」


 唯一手に取ったのは、見間違えるはずもない。私達が午前中にマブーレの村まで行って換金してもらった、アクアリウムスライムのコアだ。


 あの宝石はかなり希少だから、ほぼ流通なんかしていない。つまりあの宝石商も、わざわざマブーレの村まで行ってきたのね。


「魔石よ、あいつが欲しいのは」

「魔石? アクアリウムスライムのコアって魔石なの?」

「正確に言うと、魔宝石っていうのよ。魔石としても使えるから、宝石の中でも価値がずば抜けて高いの」

「あんなのが欲しいだなんて……これは……」


 きなくさい感じがしてきた。だけどここで、予想外のことが起きた。


「……あれ、視界が?」


 私とウィンディの周りはカーテンで覆われていたけど、突然無数の水しぶきがしたたり落ちた。


「雨じゃない! これは……しまった!」

「なにがしまったなの!?」

「絶理のカーテンは水に弱いのよ。光を屈折させて姿をくらましているんだけど、水に濡れたら光が屈折できなくなる」

「意味わかんないわ。要するにどういうことなの!?」

「私達の姿は丸見えになるのよ!」


 その言葉がにわかには信じがたかったけど、洞窟内にいた黒いローブの奴が、はっきりとこっちを見たのを確認した。


「……気づかれたようね」


 怒っているのがはっきりとわかる。宝石商の首を鷲掴みにして、今にも殺してしまいかねない。多分尾行されたんだと思ってるんだわ。


 あのままじゃ危ない、もう隠れてもしょうがないわ。


「はぁあ!」

「ちょっと、ナターシャ!」

「大丈夫、〈ライトニングバレット〉よ」


 宝石商の首を掴んでいた腕に発射させた。見事に命中してなんとか宝石商は解放された。


 この一撃で並みの人間なら、かなりのダメージのはず。と思ったけど、そうでもなかった。


「あいつ……意外とタフね」


 黒いローブの奴は一瞬怯んだけど、すぐに何事もなかったかのようにこっちを見返した。そのまま洞穴を出てこっちに向かってくる。


「……戦うしかなさそうね」

「上等よ。相手がどんな奴だろうと、たとえ人間でなかろうと関係ないわ。絶対正体を突き止める!」


 カーテンを取っ払って、改めて正体を現した。


「あ、あなた達は!?」

「あなたは逃げて! ここは危ないわ!」

「目撃者は……殺す!」


 声からして男ね。目が不気味なほど赤く光って、敵意を剥き出しだ。宝石商は眼中にないようだけど、このままあそこにいたんじゃ危ないわ。


「ウィンディは彼をお願い。私が相手をするわ」

「わかったわ。気を付けてね」


 ウィンディの言う通り、あの男の強さは嫌でも感じる。久しぶりに強敵と戦えるようで嬉しいわ。


「しゃあああああああ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る