第83話 調査開始

「はぁ、はぁ……がんばれ、もう少しだ……」


 シルバニア帝国の北西部はイビル山脈の最南部にあたり、国境もその最南部を走っている。


 その最南部を数名の負傷兵達が馬で移動し、下山を試みていた。血を流したまま身動きも取れなくなった兵士を二、三人も乗せて移動している馬もいた。


 先導していた兵士が、指を差して言った。


「見えてきたぞ! なんとかあそこまで凌ぐんだ!」


 兵士達が目にしたのは、山のふもとから少し離れた場所にあるキドランの町の灯りだ。


 国境に最も近い町だ。彼らにとって唯一の救いとなる場所、しかし本来兵士達が民家のある町に避難したりはしない。


 しかし、今は非常事態だ。誰もが予想できなかった事態が起きた。


「あの化け物……一体何なんだ?」

「あり得ない……Sランク魔物が数体も……それにもっとヤバそうなのもいた……」

「イビル山脈にあのような魔物がいたなんてな。やはり奴が……ゼイオスが復活したのと関連がある」


 その時、先導していた兵士が止まった。


「隊長、どうしました?」

「……来る」


 直後、地面が大きく揺れた。地割れが起き、そこから高さ10メートルは下らない巨大な蛇の魔物が姿を現す。


「こ、こいつは!?」

「デビルサーペント!? もう追って来たなんて!」

「きしゃあああああああああああ!!」


 大きな口を広げた大蛇は、目を赤く光らせ、負傷した兵士達と馬を見下ろす。


「お前達は早く逃げろ! ここは俺が食い止める!」

「そんな! あなたを置いて行けるわけが」

「これは命令だ! 全滅はあってはならない、誰か一人でも生き残って王都まで戻り、俺達が目撃したことを、伝達せねばならん!」


 命令した兵士は、剣を抜き大蛇を見上げた。彼は一向に退く気はない。兵士達はたじろいだ。


「隊長……そんな、俺達には……」

「お前達はまだ若い。死ぬのは、俺一人で十分だ」

「……隊長!」

「国境警備隊は、そこまで給料が高くない。お前達には……辛い思いをさせたな」


 その言葉を聞いて、兵士の一人は涙を流した。


「……いいえ、隊長の奢ってくれた酒は最高でした!」

「ありがとう」

「きしゃあああああああ!!」


 兵士達の会話を黙って聞くほど、魔物は穏やかではない。巨大な口はそのまま剣を抜いた兵士に襲い掛かる。


「うおおおおおおおお!!」


 兵士は大盾を使って、必死に大蛇の攻撃を凌ぐ。しかし押されていた、男も満身創痍だった。


「……二度も言わせるな。命令だ! 逃げろ、そして生き延びるんだ」


 充血した目を部下達に見せ、隊長は命令を下す。兵士達もそれを見て、決心し逃走を始めた。


「振り向くなよ! 逃げろ! 逃げ続けろ!」


 逃走した兵士の一人が叫ぶ。その言葉通り、彼らは振り向かず全速力で馬を飛ばし続けた。


 山の登山道の入口に差し掛かったその時、隊長の絶叫が後ろから聞こえてきた。


「……隊長」


 涙が止まらなかった。それでも彼らは振り返らず、そのままキドランの町まで走り続けた。





 翌朝、目を覚ました私とウィンディは、そのまま昨日の夜の話通りに、まず宝石商の店に向かうことにした。


「お気を付けください。私も前々から怪しいと思っていました」

「え? カエサルも……」


 部屋から出る直前、ジョージの執事であるカエサルが話した。


「実は私もあの宝石長とは顔見知りでしてね、何度か食事をしたこともあります。その度に驚くものですよ、あまりに豪華な食事を提供してくださりますから」

「へぇ、それじゃ……相当な金持ちなのね」


 それはなんとなく予想ができる。だって彼の商売のやり方はずる賢いからね。


 もしかしたら何らかのコネがあるかもしれないけど、私がそれ以上に気になるのは、昨日の夜の行動。


 ギルドマスターと同じで怪しい臭いが嫌でもするわ。ウィンディは考えすぎだって言ってたけど、私の勘をなめないでね。


「あそこが彼の店ね」


 宝石商の店の前までやって来た。だけど様子がおかしい。


「……閉まってるわ」


 今は朝の十時、開店時間じゃないのかしら。でも横にある看板を見たら、しっかり「朝十時に開店します!」と書いてあった。


「多分、寝坊じゃない? 昨日夜遅くに帰ったから。どうする?」

「どうするもこうするも、やることは一つじゃない」


 私は店の裏口に回った。案の定裏口にもドアがあり、そこにも鍵が掛かっているようだ。


「いくらなんでも強引に起こすことはないでしょ。また後からでも……」

「しっ!」


 私は口に指をあてた。そして目を閉じる。


「……」

「ど、どうしたの?」

「気配が……感じない」

「それって、つまり……」


 ウィンディも目を閉じたまま、ドアに手をあてた。彼女は私より耳がいいはずだから、すぐに気づくはず。


「……誰もいない?」

「寝坊じゃないみたいね」

「でも、昨日の夜確かに見たわよ。店に帰ったんじゃなかったの?」

「あるいは早朝に出かけたか……」

「それなら開店時間前には帰ってくると思うけど」

「とにかくここにいないことは確かよ。ますます怪しいわね」


 私はもう一度表口に回ってみた。でもウィンディは浮かない顔をしている。


「ねぇ、もしかして本当に宝石商について調べるつもり? 言っておくけどギルドの依頼とは関係ないわよ」

「わかってるわよ。どうせギルドマスターが動き出すのは夜からなんだから、それまで暇なの。あなたは別に付き合わなくていいから……」


 その時、ふと後ろから誰かが近づいた足音が聞こえたので、咄嗟に振り向いた。


「あぁ、あなた方は?」

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