第82話 宝石商も怪しい?

 受付嬢の顔を見ると、言いづらそうな顔をしている。


「とても信じられないんですけど……コルガン峡谷なんです」

「コルガン峡谷ですって?」

「コルガン峡谷って……ヴァンパイアのペットどもが徘徊している場所じゃない。なんだってあんな場所に一人で?」

「わかりません。でも昨日尾行した時は、確かにそこまで行くのをハッキリ見ました。わかるのはそこまでです。私の力ではとても峡谷の魔物に対抗できないので、それ以上は……」


 なるほど。確かにかなりヤバい感じのする話だ。


 ギルドマスターがヴァンパイアのペットの魔物が徘徊するコルガン峡谷に、一人で夜遅くに向かう。さすがに本人には相談できないわね。


「お願いします。あなた方だけが頼りです。マスターがどうしてコルガン峡谷まで一人で行くのか、突き止めてほしいんです。私の知る限り、あなた方だけしか……」

「ちょっと待って、ほかにも実力のある冒険者はいるでしょ?」

「いいえ。ほかの冒険者ではあてにできません。正直Sランク冒険者でもかなうかわからないんです、あの人は……」

「そ、そんなに強いの?」


 ウィンディの質問に受付嬢は黙って頷いた。


 初めて会った時から感じてた。アンジェラの力は底知れない、あのブローディア以上の実力だと思っている。


「面白そうじゃない。引き受けるわ」

「本当に? ありがとうございます!」

「ナターシャ……」


 最近は退屈な依頼ばっかりだったからね。実力が計り知れないギルドマスターの動向を調査するなんて、久しぶりにワクワクしてきた。


「報酬ですが、前金で5000ゴールド、調査が終わったら5000ゴールド手渡ししますね」

「なかなか太っ腹じゃない。だけどそんな大金が勝手に動くんじゃ、ギルドマスターに感づかれるんじゃ?」

「ご安心ください。ギルドの貯蓄からは使いませんから」

「別口ってことね。よし、それじゃ……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 ウィンディが突然呼び止めた。


「まさか……本当に今から?」

「あぁ、そうね……」


 ウィンディの言いたいことはなんとなくわかった。受付嬢も察したようだ。


「ごめんなさい。そうですね……じゃあ、明日の夜に改めてということで……」

「そうさせてもらうわ。お休みなさい」


 正直今日はもうクタクタ。私達はそれから『まどろみの月』に戻ることにした。


「一体ギルドマスターは何を考えているのかしら?」


 歩きながら、ウィンディが話しかけた。確かに私も気になる、だけど今夜はそれ以上考えたくない。眠れなくなるわ。


「明日の夜に気を取り直して調査しましょう。今日はたっぷり寝て、明日に備えて……」

「あぁ、しまった!」


 今度は突然大声を出した。ウィンディは眠くないのかしら。


「おどろかさないで、一体どうしたの?」

「これよ、これ!」


 そう言ってウィンディはカバンの中から、青い宝石を取り出した。


「アクアリウムスライムのコア。そうか、忘れてたわ!」

「急がないと、宝石商がしまっちゃう」


 ウィンディが宝石商に向かって走り出そうとしたけど、私は咄嗟に彼女の腕を掴んで止めた。


「待って。ここの町の宝石商じゃ駄目よ」

「何言って……あ、そうか!」


 ウィンディも思い出したようだ。ちょうど一か月前にも、ペラーザの町でアクアリウムスライムのコアを鑑定してもらった。


 その時の苦い思い出がよみがえる。確かかなり安い値段で査定されたのよね。


 結局そのコアは、あとでウィンディがいたマブーレ村の宝石商で鑑定してもらった。それでも6000ゴールドほどだったけど、この町の宝石商に比べればマシだったからそれで合意した。


「……わかったわ。またマブーレ村ね」

「明日の夜までには終わらせましょう。じゃあ、宿に……」


 ふと、見覚えのある人物が目に入って、思わず立ち止まった。


「どうしたの?」

「あそこにいるの……宝石商よ」

「え? まさか……」


 ウィンディも私が指差した先にいた人物に目を凝らした。


「確かに宝石商ね。でも、どうしてこんな場所に?」

「待って、様子がおかしいわ」


 宝石商はまだ私達に気付いていない。そわそわし周囲を見回しながら、歩いている。


「方角からして、今から店に戻るみたいね」

「……どうする、ウィンディ?」


 ウィンディはかぶりを振った。


「駄目よ。鑑定となったら多分器具が必要になるわ。結局店に行かないといけないから……」

「あぁ、それもあるけど、もっと別のことよ」

「別のことって……」


 私はウィンディの耳元に口を近づけた。


「……臭わない?」

「においですって? エルフはそこまで鼻がいいほうじゃ……」

「そういう意味じゃなくて! 彼、なんだか怪しい感じがしない?」

「あぁ、そういうこと……って、あなた何が言いたいの?」


 思わずため息を漏らしてしまった。


「さっきの話を思い出して。あれって、ギルドマスターと同じじゃない?」

「え? それじゃ……」


 ウィンディもやっと理解したようだ。


「こんな夜遅くに外出。しかも周りを警戒している、明らかに普通じゃない」

「うーん、そうかもしれないけど……考えすぎじゃ……」

「なによ、私の勘をなめないで」


 私にだってよくわからないけど、明らかにあの宝石商は怪しい。そんな気がしてならないのに、ウィンディは気乗りしない顔だ。


「確かに怪しいかもしれないわ。でも今日はもう夜遅いし……」

「わかってるわ。朝一で彼の店に行ってみましょう」


 調査すべき対象が増えたわ。明日は本当に忙しくなりそう。

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