第74話 ゼイオスに気に入られた?

 恐ろしいことになってるわ。未だに状況の整理がよく掴めてないけど、ヤバい状況だってのはすぐにわかる。


 ウィンディ、ジョージ、さらに本物のブローディアまで。あの背の高いダークエルフの男の魔法にかかってるわね。


「誰だか知らないけど、三人を解放しなさい。さもないと……」

「フェイル。お前が言っていたのは、あの女か?」

「はい、その通りです。お気を付けください。想像以上の力でして……」

「安心しろ、嫌でも感じる。あの女、今までに会ったことのないタイプだ、そして美しい……ふふ」

「ちょっと、話聞いてんの!?」


 私を無視するとは、いい度胸ね。しかも隣にはフェイルもいる。この男の真のご主人様ってことね。


「お前が、ナターシャ・ロドリゲスだな?」

「あら、私の名前を知ってるとはね」

「フェイルから聞かされてもらったよ。お前は実に興味深い、この私が神皇帝となる際には、お前のような女性がふさわしいな」

「神皇帝? 一体何言い出すのよ?」

「気にするな。それより自己紹介が遅れた、私の名前はゼイオス・ラグランジュ、見ての通りダークエルフだ。ここに来た目的は……」


 バァン!


 突然の爆発音が響き、全員が固まった。私は右手の人差し指でライトニングバレットを後方にあった木に向け発射した。


「あなたのことなんかどうでもいいの。いいから、さっさと三人を解放しなさい! マジで殺すわよ」

「ナターシャ……」


 ジョージは嫌でもわかったみたいね。そうよ。


 今の私は完全にキレてるの。もうこれ以上怒らせたらマジで容赦しないわ。相手がダークエルフだろうと。


「ゼイオス様! 見ての通りです、あの女はこのブローディアと同類。話など通じようがありません」


 誰が同類よ。ますます腹立ってきたわ。


「ふふふ、はーはっはっはっはっは!」

「ぜ、ゼイオス様?」


 急に笑い出して気持ち悪い、あたしが怒っているのがわからないのかしら。


「何がおかしいのよ?」

「ふふ、おかしくなどない。素晴らしい、実に素晴らしい。ますます私のものにしたいと思っただけだ」

「誰があなたなんかと一緒になるものですか!」

「その気丈さ。そしてその強さと美貌、全てが完璧だ。ならば……」


 ゼイオスの魔力が弱まった。すると宙に浮いていた三人が地面に落下した。


「やっとわかったようね。最初から素直に従いなさいよ」

「そうだな。だが解放するのは、この三人だけだ……」

「なんですって?」

「お前は違うな」

「うっ?」


 そんな予感がしてた。急に首のあたりが締め付けられる。今度は私の体が宙に浮いた。


「ナターシャ!」

「ははは! 力づくでもお前を私のものにしてみせよう!」

「……絶対嫌よ」

「なにっ?」


 私の魔力を甘く見ないでね。多分魔力を込めた念波か何かで縛りつけてるんでしょうけど、そんな類のものは私には効かないわ。


「はぁあ!」


 ほんの少し気合を込めて、無事に私は地面に降り立った。さすがに私の力に驚いたのか、ゼイオスも目を丸くしている。


「馬鹿な? ゼイオス様の呪縛を!?」

「どうしたのよ? その程度で私を縛るだなんて、100年早いわよ」

「ナターシャ、気を付けて! ゼイオスの力はあの程度じゃないわ」


 ウィンディが警告してくれた。言われなくてもそんな気がしているわ。


「……ふふ、本当に素晴らしいな」


 ゼイオスっていう男はまた笑い出した。よっぽど私のことが気に入ったんでしょうけど、私の中の嫌悪感はさらに増したわ。


「是が非でも私のものにしてみせる。はぁあああああああ!!」

「ぐぅ……この魔力は?」

「愚か者が……ゼイオス様が本気を出せば、貴様らなど虫けら同然よ」


 ゼイオスは両腕を広げ、魔力を込め始める。これまでに感じたことがないくらいの、凄まじい魔力だわ。


 レッドドラゴン、さらにさっきのルノーと、強敵が続いたけど、このゼイオスはもう次元が違うわ。こんなヤバい奴がまだいたなんて、少しワクワクしてきた。


「上等よ、受けて立つわ!」

「な、ナターシャ……」

「はぁあああああああああ!!」


 私も魔力を解放した。私の本気を見せてやろうじゃないの、これで諦めるかしら。


「ふふふ、やはり私の想像以上……」


 駄目だ。ますます気に入られたみたい。こうなったら力づくで諦めさせるわ。


「ゼイオス様ぁあああああ!!」


 突然遠くから誰かの声が聞こえた。


「あれは?」

「魔道士、フェイルと同じ姿?」


 ゼイオスの遥か後ろに、フェイルと同じような格好をした魔道士が現れ近づいてきた。見た感じかなり慌ててる。


「何しに来た? 今は取り込み中だ、話ならあとにしろ!」

「ご無礼をお許しください。しかし緊急事態なのです!」

「緊急事態? 一体何事だ?」

「サピアが……サピアが現れました」


 魔道士の言葉を聞いて、ゼイオスは魔力の増幅を止めた。


「……サピアだと?」

「はい。居城より南西の方角を視察していた同胞から報告がありました。サピアが大勢の軍を率いて、進軍中とのことです」


 ゼイオスは完全に戦意を捨てたようだ。サピアって誰だか知らないけど、多分敵よね。あとでウィンディに聞いてみるか。


「わかった。報告ご苦労」

「ゼイオス様、いかがなさいます?」

「ナターシャ、残念だが……急用ができてしまったようだ」

「逃げるつもりなの?」


 この言葉にはさすがにイラっとした顔を見せた。


「……お前を諦めてはいない。いずれまた会おう」

「私は二度と会いたくないわ!」


 ゼイオスはそれ以上何も言い返すこともなく、後ろを向いた。そしてすぐに霧のように姿を消した。


 転移魔法陣の一種か。それにしても、こんな場所にあんな奴が現れるだなんて思わなかった。


「あいつが……黒幕だったの」

「そのようだ。にしてもさすがナターシャだな。全く怯むことがないとは。僕なんか絶望しかけたのに」

「逆にワクワクしてきたわ。戦ったら面白そうだけど、付き合いたくはないわね」

「……ゼイオス、それにサピア……」


 ウィンディがぼそっと呟いた。そういえば気になってたわ、この様子じゃ二人のことを知ってるわね。


「いろいろ気になるわ。あのゼイオスって奴もそうだけど、サピアって誰?」

「話せば長くなるけど、サピアって言うのは……」

「うぅ……」


 誰かが苦しむような声を聞いて、思わず下を向いた。しまった、すっかり忘れてたわ。


「ブローディア、大丈夫!?」


 倒れたまま苦しんでいた。そういえばあのゼイオスの呪縛に相当やられてたわね。


「なんとか死なずに済んだ。君が駆け付けるのが遅かったら……」

「変なこと言わないで。ブローディアはあの程度でも死んだりしないわ」

「そうかもな」

「でも相当深い傷よ。ちょっと待って、私の精霊魔法で……」

「…………うぅ……」


 ウィンディが治癒魔法をかけた。神聖な光で包まれ、徐々に傷が治りかけている。


「くっ!?」


 光が止んで、ウィンディが苦しみだした。


「ウィンディ、大丈夫?」

「駄目……私の魔力も……」

「僕達も相当痛めつけられたから、無理ないさ」

「……帰還しましょう。あの子も連れて」


 すぐ近くまでグスタフが駆け付けていた。


「グスタフ、それに……あぁ、マチルダ!」


 ジョージが彼女のもとに駆け寄った。マチルダはウィンディの守護結界石で覆われたまま、ぐったりしている。気絶しているのか、寝ているのかわからないけど、無事なのは確かね。


 今日一日いろいろあり過ぎたけど、ルノーは倒して、マチルダも救出できた。


 これで一件落着、にはならなさそう。


「ゼイオス……あの男、また来るわね」


 ダークエルフのゼイオス、一体あの男の目的が何なのか。そしてどれほどの強さかはまだわからない。


 でもこれだけは言える。今度会ったら、絶対痛い目を見せてやるんだから。

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