第73話  ダークエルフの恐るべき野望

 ウィンディが大きな声を上げて反応した。


「知っているのか、ウィンディ?」

「……魔空庭園の主」

「なに? 魔空庭園……」

「ほう、我が居城についての見聞があるとは驚きだぞ。もう姿を消して1000年以上は経つが……」

「ゼイオス様。あの女、エルフでございます」

「エルフ……そうか、なるほど……」


 ゼイオスが長い髪をかき上げると、長い耳が現れた。


「……お前もエルフか!?」

「いかにも。だが正確には違うな。君達の世界ではこう呼ぶのではないか? ダークエルフと……」


 全員がその言葉を聞いて、固まった。


「ダークエルフ……どうりで肌の色がおかしいわけだ」


 ブローディアが鼻で笑いながら言い放った。


「貴様! ゼイオス様に対してなんという言葉を!」

「フェイル、よい」


 ゼイオスがなだめた。


「ブローディア・バートンか。オーガ族は血気溢れる種族だと聞いていたが、お前の力存分と見せてもらったぞ。ルノーを見事に葬ってくれたとはな」

「まさかお前が、ルノーをたぶらかしたのか?」

「たぶらかす? いいや違うな。私はきっかけを与えたにすぎんよ。元々人間に対しての憎悪と征服欲が計り知れないものがあったからな、あのドラゴンをプレゼントしたら、喜んで引き受けてくれたよ」

「あのレッドドラゴンはお前のペットだったのか!?」


 ジョージの質問にゼイオスは黙って頷いた。


「なんだってそんなことを!? あなたは一体何が目的なの!?」

「……人間の支配さ」


 ゼイオスがかろうじて聞き取れる声で言った。


「おいおい、お前も結局ルノーと一緒か!? 蛮族とか言っておきながら結局同類……」


 直後、ブローディアの体が宙に浮いた。首のあたりを必死で手で抑えもがいている。


「ぐぅ……うぐ……こ、これは!?」

「ブローディア!」

「……あんな男と同列に扱うな」


 今まで冷静な口調だったゼイオスも、怒りを露わにした。紫色の瞳はさらに強く光り、ブローディアに向けて伸ばした右手を握りしめる。ブローディアがさらに苦しんだ。


「ぐわぁあああああ!!」

「やめなさい! このぉ!」


 直後、ウィンディの体も宙に浮いた。やはりブローディアと同様首のあたりを手で抑えている。


「お前達など、片手で十分だ」

「馬鹿な……なんて力だ」


 ジョージは呆然と見るだけしかできない。規格外の力量差を感じ、もはや身動きが取れなかった。


「お前も一緒に……」

「うぐっ!?」


 ジョージの体も宙に浮いた。成す術もない三人をゼイオスは見上げる。


「私の崇高な考えを教えてやろう。私は人間どもを支配し、ゆくゆくは人間どもを同族化させる」

「ど、同族……化!?」


 ゼイオスはさらに三人歩み寄った。


「そう……すなわち、ダークエルフとさせる」

「……馬鹿な!? そんなことできるわけ……」

「できなくはないさ。実際、何人もの人間はダークエルフ化に成功した。自ら望んでダークエルフとなった者もいたぞ」

「そんな……でたらめなこと言わないで!」

「フェイル、見せてやれ」


 ゼイオスの呼びかけに応じたフェイルは、ゆっくりと顔のフードを脱いだ。


「その肌色は!?」

「ふふふ、元人間には見えまい」

「まさか……嘘よ、そんなの……」


 フードを脱いだフェイルの顔は、ゼイオスと同じ灰褐色の肌、そして耳も長い。


「嘘ではない。彼は自分から望んでダークエルフとなった。元宮廷魔道士であったが、ダークエルフとなったことでさらに強力な魔力を身に着けた。以前までとは比べ物にならん」

「ありがたきお言葉……」

「あなた、人間としての誇りというものはないの!?」

「誇りだと? 馬鹿馬鹿しい、人間のようなか弱い種族にすがりつくことこそ、愚かな選択肢よ。優れた時代と世界には、優れた種族が生き残らなければいけないのだ!」

「それが……ダークエルフだと!?」

「お前達にはわかるまい。だが、いずれ嫌でもわかる時が来るぞ。最もその時には、人間など生き残ってはいまいが……」

「フェイル、そこまでだ」


 ゼイオスの一言にフェイルは頭を下げ、再びフードを被り後ろへ下がった。


「お前ら! さっきから聞いてれば……好き勝手なこと言いやがって!」


 ブローディアが怒鳴ったが、ゼイオスがさらに力を込める。


「蛮族は黙ってもらおうか……」

「だ……誰が……蛮族だ……あたしは……オーガ族……誇り高きオーガ族だ!」


 苦しみながらも、声の勢いは弱まらない。ブローディアは必死にもがいている。


「ふふふ、素晴らしい力だ。さすがルノーを手に掛けるほどの力、お前さえその気になれば、いつでも仲間にしてやるぞ」


 プッ!


 ゼイオスの額にドロッとした液体が落ちた。ブローディアの唾液だった。


「お前は……オーガ族になりたいと……思ったことはあるか!?」

「ブローディア……」

「き、貴様! 無礼者がぁああ!!」


 怒りを露わにしたのはフェイルだ。杖を持ち今にもブローディアに攻撃魔法を放とうとした。


「ゼイオス様!?」


 しかしその杖をゼイオスは抑えつけた。ゼイオスは一言もしゃべらない。


 左手で拭ったブローディアの唾液を見て、徐々に表情が変わって来た。


「……ふふふふふふふ」


 なぜかゼイオスは笑いだした。


「はははははははは!!」

「ぜ、ゼイオス様?」


 大きな笑い声をあげる。しかしすぐに笑いを止めた。


 不気味な笑顔を三人に見せつける。怒りをこらえるための笑いだと、三人ともすぐにわかった。


「……私をこんなに怒らせるとは、何千年ぶりかな」

「うぐぅうう!?」

「ブローディア!?」


 ゼイオスの目がさらに強く光る。ブローディアの体全体が捻じられ、さらに高い場所まで浮かされる。


「ぐわああああああああ!!」


 今度は体全体が大きく後ろへ曲げられる。後頭部と足の裏側が、あと僅かまでくっつく距離まで近づいた。


「がっ……がはぁっ……」


 あまりの苦しさについに声すら出せなくなった。ブローディアは白目をむいた。


「もうやめて! これ以上は……」

「まだだ。私を侮辱した罪は大きい。簡単には殺しはしない、体中の骨と内臓を全て破壊し、そして血も全て流し出すまでは……」


 あまりに残酷な言葉だが、今のゼイオスは間違いなく本気だ。ウィンディとジョージも嫌でも察した。


 二人も首を絞められ、どうすることもできない。半ば諦め目を閉じた。


 シュッ!


 その時、高速で何かが飛来する音が聞こえた。


「ゼイオス様!」


 咄嗟にフェイルが結界を敷いて弾いた。弾かれたのは、鋭く尖った矢じりだ。


「私の矢がなんで!?」

「血がついてる。あの血は……」


 シュッ!


 さらにもう一本の矢が飛んできた。やはり先端には同じ血がついている。


「翼竜に放った矢だわ。ってことは……」

「ねずみがいるようだな」

「ねずみはあなた達のほうでしょ」


 女性の声が聞こえた。ウィンディもジョージも誰の声かすぐにわかり、振り向いた。


「ナターシャ!」

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