第72話 謎の男

 ウィンディとジョージは目の前で起きた光景に言葉が出なかった。


 ブローディアがルノーにとどめを刺した瞬間を逃さなかった。彼女の右腕がルノーの腹部を貫いたのだ。


「馬鹿な……なんて力だ」

「ね? だから言ったでしょ?」

「彼女の底力を侮っていたな。それにしても、ウィンディの魔法も凄い」

「ナターシャへの敵対心は計り知れないわ。彼女の幻影を見せれば、必ずブローディアは目覚める」

「ナターシャはどんな言葉を掛けたんだ?」

「それは私でもわからないわ」

「怒りの力というのは、凄いな」

「それもあるけど、ブローディアも頭を働かせたのよ」

「どういうことだ?」

「わからない? ルノーは高速で落下していた。防御も一切取れない、そんな状態の敵を、真下から聖拳突きで攻撃したのよ」


 ジョージも言われて納得した。


「どうりで寝転がったままだったわけだ」


 ドサッ!


 ブローディアが倒れこんだ。


「消耗しているわね」

「大丈夫か!?」


 ジョージが真っ先に声を掛け、ブローディアへ近づく。


「お前達!? なんでここに!?」

「いてもたってもいられなくなってね。もうマチルダの救出も済んだし、あとはあなただけなの」

「……余計なことするな」


 ウィンディが手を触れても、ブローディアは頑なに拒否した。


「体力の消耗は隠し切れないわよ」


 そんなブローディアの態度などお構いなしに、ウィンディは魔法で回復させた。ブローディアは抵抗するのを諦めた。


「……お前、何のつもりだ? あたしが元盗賊団、しかも脱獄囚だって知ってるだろ?」

「知ってるわ。でも、あなただけは特別みたい」

「どういうことだ?」

「あなたに精霊の魔法をかけたの。心が邪悪に染まっていたら、決して森の精霊は応じてくれない。でも精霊は受け入れたわ、あなたを」

「……何を言っている?」

「まぁ、とにかく君が我々の敵ではないということだよ。ルノーをよく倒してくれた、礼を言わせてもらう。本当にありがとう」


 ジョージが深々と頭を下げる。ブローディアもそれを見ると、照れ臭くなった。


「……ほめても何もあげないぞ」

「嬉しいくせに」


 ウィンディがぼそっと呟くと、ブローディアが睨みつけた。


「はっ、血も綺麗に拭いてくれたら、ありがたかったけどな」


 ガラッ!


 小石が落ちるような音が聞こえ、三人ともハッとした。


「……今の音は?」

「嫌な予感がする。まさか……」

「そのまさかだよ。あいつ……」


 予感は的中した。三人の目線は一致した。


「……ごっ……ごふぅ……おぉ……」


 動かなくなっていたルノーが、僅かだが動いていた。血も大量に流れ、もはや瀕死であったが、懸命に立ち上がろうとしている。


「このっ!」


 咄嗟にウィンディが弓を構えたが、ブローディアが左手で制した。


「手を出すな!」

「何言ってんの!? 生かすわけには……」

「わかってるさ。でも、こいつだけは……」


 ジョージはブローディアの意図をくみ取り、彼女に自分の剣を差し出した。


「君に任せよう。使ってくれ」

「気が利くじゃないか」

「エックス……」

「怪物化したが、ルノーも戦士だ。戦士なら戦士らしい最後にさせる。ブローディアがふさわしいだろう」


 ウィンディはもはや何も言い返さなかった。


 ブローディアは剣を受け取り、鞘から抜いた。そして右手で持ち、這いつくばったままのルノーに近づく。


 剣先をルノーの首筋に定め、両手で持ち直した。


「これ以上苦しむ姿は見たくないよ」


 剣先を上げて、首筋に向け振り下ろそうとしたがその刹那、ただならぬ気配を感じた。


「待って!」


 ウィンディも声を上げた。その前にブローディアも一歩後退する。


 バシュッ!


 鋭く何かが切断される音が聞こえた。一瞬でルノーの首が地面に落ちる。


「馬鹿な? 何がどうなってる!?」

「あいつがやったの」


 ウィンディが左手の指で差した先には、フードを被った魔道士の姿がいた。


「魔道士のフェイル!?」

「お見事、ブローディア。それにエルフと仮面の戦士も無事に迷宮から脱出したようで、驚くことばかりだ」

「お前……一体何のつもりだ!?」


 ブローディアが怒りをこらえながら言った。フェイルはゆっくりと近づいた。


「さすがに私でも手に余る怪物なんでね。始末しようかと思ってはいたが、お前のおかげで捗った。礼を言うぞ」

「礼……だと!? 貴様、ルノーの部下じゃなかったのか!?」

「部下? こんな蛮族に従うほど私も愚かではないわ。利用していただけに過ぎん」

「利用って……あなた、まさか!?」

「そういうことか。最初からルノーとレッドドラゴンを操り、この国の支配を画策していた。全てはお前が裏で糸を引いていたんだな」

「ふふふ、ご名答。だが少し惜しいな。実はこの計画、首謀者は私ではない」

「なんだと? それはどういう……」

「私の口から説明しよう」


 突然別の男の声が聞こえた。フェイルがさっと後ろ下がる。


 代わりに現れて前に出てきたのは、長身の男だ。一目見たらその特徴を忘れられないほど、恐ろしい外見をしていた。


 身長はルノーとほぼ変わらない2メートルほどの高さ、体全体に漆黒のマントをまとい、灰褐色の肌、金色の長髪、瞳は紫色に光り、同じく紫色に光る石が

いくつも連なったフェロニエールが巻き付いている。


 そして頭から伸びている二本の角は肩に向かって、半月状に伸びている。


「お、お前は……!?」

「お初にお目にかかる。私の名前はゼイオス・ラグランジュ」

「ゼイオス・ラグランジュですって!?」

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