第65話 操られたドラゴン

 赤い翼、赤い鱗、赤い尻尾、間違いない。私が先日戦ったあの赤いドラゴンだ。


 目を閉じているから眠っているはず。まさかこんな場所にいるだなんて。


「起こさないように」

「わかってるわ」


 さすがに今あいつと戦っている暇はない。今は三人だから勝てそうだけど、騒ぎを大きくするのは駄目よ。


 私達が入って来たドアと、ちょうど対角線上の位置にもう一つドアがある。


 あそこから出るしかない。慎重に広間を壁伝いに進んだ。


「それにしてもあのドラゴン、やっぱりあいつらが飼っていたのね」

「レッドドラゴンだ。でも信じられない、あのドラゴンは熱帯の地域にしか生息しないはずなのに」

「きっと強引に連れてきたんでしょう。どんな手を使ったかわからないけれど、ひどいことするわ」

「魔操の鎖……」


 ウィンディがボソッと言い放った。


「なんですって?」

「あのドラゴン、額に何かついているのに気付いた?」

「額……?」


 近づいていたから、ドラゴンの顔もはっきり見えた。暗かったけど、立ち止まって額の部分をよく見た。


「なにか金色の輪がついているな。あれは一体!?」

「多分、魔操の金鎖ね」

「ま、魔操の金鎖?」


 聞きなれない言葉が出てきた。


「魔道士が主に使う魔法道具よ。あれを装着させることで、強力な魔物も意のままに操れるの」

「まさか!? 相手はドラゴンだぞ!」

「そうね、並みの魔道士なら無理だけど……」

「あのフェイルってやつなら出来そう」


 魔道士フェイルもいるおかげで、かなりヤバい集団になってる。ウィンディも頷いた。


「わざわざマチルダを誘拐するために、あんなドラゴンまで操るだなんて……あまりにやり過ぎだ」

「それは……少し違うと思う」

「違うって何が?」


 ウィンディが何か思いつめるように話す。


「そうよね。あのドラゴン、一度戦ったけど異様な強さよ。誘拐を達成させるなら、もっと手頃な魔物で十分なはずよ」

「しかも怪しい魔道士まで雇っているわ。もっと大きな目的があるはず。ルノーの真の目的というか、野望は……」

「乗っ取るつもりか。この国を!」


 ジョージも確信に迫った。


「乗っ取るというか支配よね。そのためには、どんな手も使いそう」

「なんてことだ。父が危ない! いや、その前にマチルダを……」


 ゴォオオオオオン!!


 突然広間に衝撃音が響き渡る。なんと広間の中央に、長い鉄の棒が何本も落ちていた。


 しまった。恐れていたことが起きちゃった。


「起こしてしまったようね」

「ぐぉおおおおおおおお!!」

「正確には、起きたんだな」


 レッドドラゴンが起き上がっている。そしてこっちを見下ろした。


 面倒なことになった。やり過ごそうと思ったのに、鉄格子なんか何の意味もないじゃない。


「どうする?」

「ここは私が! あなた達は早く外へ出て!」

「無茶よ! あなた一人を置いていけない!」

「馬鹿言わないで! マチルダを助ける方が先決よ、もたもたしている暇はない。いいから走って!」


 ウィンディもエックスも躊躇している。もう意気地なしね。


「ぐおおおおおおお!!」


 ドラゴンが翼を広げた。まずい、このままじゃ降りてくる。


 ちょっと強引だけど、ここはあれで行こう。二人の腕を強引に掴んだ。


「ちょっと、なにするの!?」

「ナターシャ、なんの真似だ!?」

「ウィンディ、あなた風魔法使えるよね?」

「使えるけど、それがどうしたの!?」

「あそこまで投げるから、受け身取って!」


 人差し指で広間のもう片方の出入り口を指差した。


「はぁ!? 冗談でしょ!?」

「いや、ナターシャは本気だ」

「いい? じゃあ、投げるわよ!」

「ちょ、ちょっと……」

「でやああああああああ!!」


 二人の腕をしっかり握って、全身を回転させ、もう片方の出入り口まで投げ飛ばした。


「きゃあああああああ!!」

「早く、受け身を!」


 駄目だ。ウィンディはあまりの出来事にパニック状態になってる。これじゃ壁に激突しそう。


「はぁああああ!!」


 ジョージが咄嗟に魔法を唱えた。壁に向けて風魔法を発動し、反射した風圧で見事落下の衝撃をやわらげてくれた。


 ジョージが無事にウィンディをキャッチした。あぁ、よかった。


 ジョージも右手を上げて大丈夫だと合図してくれた。


 ドスゥウウウウン!!


 今度はドラゴンが降りてきた。来たわね。


 でも二人とも無事に出口まで送ったから、あとは好きなだけ戦えるわ。


「かかってきなさい。今度は負けないわよ」

「ぐがああああああああ!!」


 寝起きだからかなり不機嫌みたいね。口を大きく広げ、早速大量の炎を吐き出してきた。


「いきなりやってくれるわね!」


 もちろん炎攻撃なんか簡単に避けられる。この前の戦いからわかったのは、このドラゴンには炎攻撃はほぼ効かないこと。


 魔法主体だと厳しい、私が一番得意なのは炎魔法なんだから。


「こっちだって容赦しないわ。この前とは違うってことを見せてやる」


 腰の鞘から剣を抜いた。この剣はもう銅製じゃない。


 ザローイン山に行く前に、急遽こしらえたミスリル製の剣、ジョージが用意してくれた。これならまともに戦えるわ。


「がぁああああああ!!」


 またドラゴンが口を開いて炎を吐き出す。ワンパターンな攻撃ね。


「暑いじゃないのよ」


 なんとか風魔法で対抗して炎の勢いを逸らした。と思ったら、今度は尻尾を振り回してきた。


 ジャンプしてなんとかかわす。今度はドラゴンの右手が襲い掛かった。長い爪で斬り裂くつもりね。


「させないわよ!」


 ガキィイイイイン!!


「ぎゃああああああ!!」


 ドラゴンの爪はかなり鋭く見えたけど、新しいミスリル製の剣にはかなわいようね。


 私も魔力を送って剣を硬質化させたのも功を奏して、爪を真っ二つに斬り裂いた。


 爪を斬り裂かれて痛みのあまり動きが鈍った。今がチャンス、首ごと斬り落としてやる。


「悪いけど、これで終わらせるわ」


 そのままドラゴンの背中に着地し、首の部分まで進んだ。


 首の真ん中あたりに剣先を向けた。一気に剣を振り下ろそうとした。


「……いや、待って!」


 大事なことを思い出した。そういえばウィンディが言っていた。


 このドラゴン、額についていた魔操の金鎖とやらで操られているだけなのよ。それなら殺さずとも、その鎖を破壊さえすればいい。


「しまった!」


 剣を構え直そうとしたその時、左からドラゴンの左手が襲い掛かって来た。咄嗟に剣で防御したけど、若干遅れせいで態勢を崩して、首から落下した。


 地面にはなんとか着地できた。ドラゴンも態勢を立て直して、ゆっくり私を見下ろす。


 とにかくあのドラゴンは殺しちゃ駄目、額についてあるあの金鎖を外せばいいんだけど、体がデカすぎてあそこまで上るのが大変だ。


 さっきは一気にあいつの頭まで上れたのに、これじゃまた振り出しね。


「がぁああああああああ!!」


 今度は翼を大きく広げた。何をするつもりなの。


「……ぐぅ、これは!?」


 広げた翼で強烈な風を引き起こした。とんでもない風力、これじゃ近づけない。


 強烈な風はそのまま私を囲むように渦を起こし始め、そのまま竜巻となった。嫌な予感がした。


「やっぱり、そう来たか」


 竜巻に向けてドラゴンは大量の炎を吐いた。まさに火炎竜巻、灼熱の地獄が私を襲った。


 新調した装備のおかげで、耐熱性も上がったけど、それでも焼けるような熱さだ。


 やってくれるじゃないの。本当なら全力でこっちも対抗したいけど、あのドラゴンは殺せない。


 面倒になったわね。仕方ない、私は剣を右手で持って剣先を天井に向けた。


「十字破斬!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る