第63話 意外な救世主!?

「はぁ……はぁ……」


 マチルダは走り続けていた。速く走るため、履いていたハイヒールもたまらず脱ぎ、裸足で走っていた。


 アジトから抜け出し、外へ飛び出すことにも成功した。


 だが30分以上も走り続け、彼女の体力も限界だった。いつの間にか足の裏からも血が流れている。


 まだザローイン山の山頂付近のどこかだ。そしてこの山自体が盗賊団“獅子奮迅”のアジトと言っても過言ではない。


 山を降りようにも、見張りの兵士達が思った以上に多かった。


 このままでは山を降り切れない。マチルダは仕方なく、近くにあったボロボロの小屋へ近づいた。


「こんな場所にいたら、すぐに見つかる」


 そんなことはわかっていた。しかし疲労の蓄積でもうほぼ歩けない。


 見つからないことを祈りつつマチルダは小屋に入り、壁際に座り込んだ。


 窓からそっと外を見る。追ってはまだいない。


 身に着けていたネックレスを握りしめつつ、マチルダは治癒魔法で足の傷を治癒した。


 傷は治っても疲労だけはどうしようもない。


 助けが来るのは期待できない。


「あぁ、お父様。お母さま……一体どうしてこんなことに……私はなんて不幸なの」


 咄嗟に両親のことが頭に浮かんだ。今自分は身の危険に瀕している。


 まさか自分が蛮族に誘拐されるとは。でも、マチルダがそれ以上にショックを受けたのは、皇太子からの一言だった。


「君との婚約を破棄させてもらう」


 別荘にて言われた皇太子からの衝撃の一言。その理由も衝撃だった、自分には別に心に思う相手がいるからだと。


 その光景が脳裏に浮かび、涙が止まらなくなった。誘拐だけでなく、婚約まで破棄された。


 このままでは自分は本当に蛮族と結ばれてしまう、皇太子が助けに来るとも限らない。


「うぅ……こんなことなら、いっそのこと……」


 あらぬことを考えてしまった。いけないと首を振る。


 気を取り直して、今は生き延びることを考えなければ。その時だ。


 ガタァン!!


 外から激しい物音が聞こえた。何かがぶつかるような音だ。


 バタァン!!


 また聞こえた。同時に小屋も揺れた。明らかに何かがぶつかったのだ。


「そんな……もう……」


 見つかったと思い、項垂れた。まだ体力も回復できていない、どうしたらいいのか。


 考えても仕方ない。彼女は決心した。


 どうせ死ぬなら、戦って死のう。貴族としての暮らしが長い彼女だが、ある程度の武術だけは身に着けていた。


「あんな蛮族と結ばれるくらいなら、死んだ方がましよ!」


 壁に掛けてあった木製のモップを手に持ち、彼女は立ち上がった。


 バタァアアアアアン!!


 同時に小屋の入口のドアが激しく開いた。


「ぐわぁああ!」

「ひぃいいいい!?」


 亜人の戦士がいきなりなだれ込んだ。ルノーの部下だ。マチルダは思わず怯んでしまった。


 だけど戦うしかない。気を引き締めて、モップを両手で強く握り直した。


「……あれ?」


 様子がおかしい。今入って来た亜人の戦士は、なんとすでに倒れて気を失っていた。


 マチルダは恐る恐る近づく。動く気配はない。モップの先でつついてもやはり動かない。


「どうなってるの?」

「くそぉ! この狼め!」


 今度は小屋の外から声が聞こえた。ほかの部下だろうが、どうやら外で何かと戦っている。


 マチルダは開いた入口にそろりと近づき、外を伺った。


「ぐわああああああ!!」

「きゃあ!!」


 また部下の一人が小屋の中まで吹き飛ばされた。さっきと同じで、やはり倒れこんでしまっている。


「一体これは……」

「がるるるるるる……」

「この音は……?」


 咄嗟に外を見ると、遠くにいたのはマチルダでも一目でわかった。狼だった。


 一匹の白い狼が自分を見ている。しかもかなり大きい、自分より倍以上はある体格。


 よく見たら口から血を流している。その血の正体は、周りに倒れていた数名のルノーの部下達のものだとすぐわかった。


「そ、そんな……」


 白い狼はゆっくりと近づいてきた。近づくにつれ徐々にその大きさがわかる。


 マチルダは動けなかった。まさかこんな魔物を使うとは。


「……ぐっ!」


 恐怖に怯えていたが、開き直った。モップを両手で力強く持ち、身構えた。


「かかってきなさい、化け物!」


 狼が止まった。マチルダの闘志がわかったのか、歯を剥きだしにし攻撃の意志を見せる。


 そしてマチルダに向かい突進してきた。


「たぁああああああああ!!」


 自分に向かって真正面に突進してきた狼の頭めがけて、モップを振り下ろした。


 しかしモップの先端は空を切った。


「……嘘!?」


 狼の姿が消えた。周囲を見回してもいなかった。


「ぎゅおん!!」

「え?」


 頭上で何やら変な鳴き声が聞こえた。明らかに人の声じゃない。


 これは狼の鳴き声だ。すると次の瞬間、地面に何かが落ちてきた。


「……狼?」


 左手前の地面に落ちてきたのは、灰色の毛並みをした狼。さっきの白い狼じゃない、体の大きさも全然違う。


「ぎゅおん!!」


 またなき声が聞こえた。さっきと同じ狼がまた地面に落下した。


「ウェアウルフ……もしかして!?」


 淡い期待を抱いたマチルダが後ろにあった小屋の屋根を見た。


 なんと白い狼がウェアウルフを口でくわえている。白い狼はそのまま小屋の下へ吐き捨てた。


「お前……一体何なの!?」


 白い狼がマチルダの前に降り立った。巨体に圧倒されたけど、狼は目を合しても一切敵意を見せない。


「首輪をつけている!?」


 よく見たら狼の首には確かに首輪があった。さらに何やら文字のようなものが書かれている、「グスタフ」と。


 この狼の主人か、それとも狼自身の名前か。いずれにしろ、この狼が誰かに飼われているのは間違いない。


 狼はそのまましゃがみこんで頭を下げた。


「……なんだかわからないけど、味方……よね? わかったわ!」


 混乱していたが、考えても仕方ない。ともかく助かった。そして目の前の白い狼の意のままに、そのまま背中に乗りこんだ。


 白い狼は起き上がり、マチルダを乗せたまま山を降り始めた。

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