第61話 ザローイン山の地下迷宮

 全く、ここはどこなのよ!


 薄暗い空間でやっと目が慣れてきた。気が付いたら私達は、巨大な円筒形の建物の底にいた。


 天井まで滅茶苦茶高い。ゆうに50mくらいはありそう。


「間違いないわ、この場所は……」


 ウィンディが周囲の壁を見回しながら言った。


「ザローイン山に眠る古代の大迷宮だな」


 ジョージが代わりに言った。ウィンディがすぐに頷いた。


 そういえば三日前に山を登る前にウィンディが言っていたわね。まさか本当にあったなんて。


「古代の民も、とんでもない建物を作ったわね」

「感心している場合じゃないぞ。一刻も早くここから抜け出さないと……マチルダは……」


 ジョージは必死だ。そんなことは言われなくてもわかっている。


「エックス、気持ちはわかるけど。抜け出すのは簡単なことではないわ」


 律儀に名前の呼び方に気を付けているウィンディは、厳しい顔で話した。


「今私達がいるのは大迷宮の最深部、そしてその最深部から、さっき私達がいた場所までの距離がどのくらいか知っているの?」

「それは……わからないが、一体どのくらいだ?」

「ずばり、1000m以上あるわ」

「……え?」


 あまりの数字に思わず私は聞き返した。


「気のせいかしら、今1000mって聞こえたような?」

「そう言ったのよ。冗談でもなく本当よ」

「嘘でしょ!? あそこからここまで、1000mもあるわけ!?」

「嘘だと思うなら、あれを見て」


 ウィンディが壁の一か所を指差した。遠くからだったけど、壁画の下に何やら文字のようなものが刻まれている。私は近づいて凝視した。


「……読めないわ」

「これは古代文字だな」


 同じく近づいたジョージもやっぱり読めないみたい。


「私なら読めるわ。こう書いてある。『ここはザローインの地下迷宮の最深部、山頂までの距離は50竜なり。100以上からなる分岐の道から、地上へ通じる道を見つけんものとする』」

「50竜ってなによ?」

「昔の長さの単位よ。古代の民は竜、つまりドラゴン一頭を長さの基本単位にしていたの。ドラゴン一頭だいたい20メートル、50竜は1000mね」


 ウィンディが博識ですごく助かる。頭脳分野は彼女に任せた方がいいわ。でもそれ以上に驚く数字に私は気づいてしまった。


「100以上の分岐って……言った?」

「えぇ。100以上分かれ道があるってこと」

「まさかそんな……」


 地下迷宮というだけあるわね。ジョージも思わず頭を抱えてしまう。


 しらみつぶしに調べろって言うのかしら。


「時間さえかかれば突破は可能だけど……魔物がうじゃうじゃいるわ」


 ウィンディの言う通りだ。魔物の気配は嫌でも感じる。


 地上まで1000mはある地下迷宮で、さらに途中で分かれ道が100以上もある。


 道中で魔物退治までしていたら、とてもじゃないけど探索どころじゃない。途中で力尽きてしまうのが目に見えている。


 あのルノーも恐ろしいことを考えるわね。いや、ルノーじゃなくて隣にいたフェイルって魔道士の仕業か。


「ごめんなさい。私がもっと転移魔法陣の存在に気付いていれば!」

「ウィンディ……」


 悔しそうに声を出すウィンディだけど、彼女のせいじゃないわ。


「僕だって同じ気持ちだ。まさかルノーが複製人形を使っていたなんてな……なぜ気づかなかった!?」

「あの複製人形、あなたが用意したのとほぼ同じでかなり精巧ね」

「きっとルノーの隣にいた魔道士の入れ知恵よ。一体何者なの、あいつは?」


 私が疑問を呈しても、ウィンディとジョージは何も言わなかった。


 だけど今はそんなこと考えている余裕なんかない。目の前に叩きつけられた現実が伸し掛かる。


 深さ1000メートルの地下迷宮、分かれ道はいくつもあって、途中で魔物が徘徊する。そんな場所を脱出できるのか。


「大丈夫よ、二人とも」


 こればかりはさすがのエルフでもお手上げのようだけど、私には一つだけ策があった。耳につけてあったイヤリングを外して、二人に見せる。


「そのイヤリングがどうしたっていうのよ?」

「あら? 魔法道具の専門家が見てもわからない?」

「そうか! その手があったか!」


 ジョージはもう気づいた。このイヤリングにも特殊な魔法効果があり、それを使えば脱出も簡単なことに。


 ウィンディはじっとイヤリングを見つめる。そしてやっと気づいたようだ。


「先端についてるのはもしかしてソナー珠!?」

「そうよ。やっと気づいたわね」


 ウィンディの言う通り、このイヤリングの先端についているのは、ソナー珠という特殊な魔法珠だ。


 昔ジョージからプレゼントされたイヤリング、どこに迷い込んでもこのイヤリングの力を使えば脱出できる。二人とも顔色がよくなった。


 あとはこのイヤリングに魔力を送り込めば大丈夫だ。


「じゃあ、やるわよ!」

「ちょっと待って!」


 ウィンディがイヤリングに手を翳した。


「私にやらせてくれない?」

「そうね。あなたの方がうまく扱えるから……」

「そうじゃないわ。あなたの魔力は温存して」


 あら、そういうことだったの。ウィンディもなかなか気を配ってくれるわね。


 ウィンディにイヤリングを手渡した。ソナー珠を上に向け、イヤリングを右手の指で掴んで、目を閉じて繊細に魔力を送り込んでいる。


 すると次の瞬間、ソナー珠から強烈な光が放たれた。光は私達の頭上の高さ10メートルくらいまで、ドーム状に広がった。


 光が徐々に薄れていくと、何本も入り組んだ線が青色に光りながら表示されていた。


「こ、これは……」

「このザローインの地下迷宮の立体地図よ。完璧に再現しているみたい」

「地図はありがたいな。でもここまで分かれ道が多いと、どこが正解の道なのか……」

「その点も心配ないわ」


 さらにウィンディが一工夫加える。ソナー珠を左手の指で掴んで、特殊な魔力の波動を送り込んでいるみたい。


「あれ? この赤い線は……」

「地上までの最短経路よ」

「なんてことだ。そんな機能まで……」

「あら、あなたが持っていた道具じゃないの」

「そうだったけど、随分昔に使ってたからもう忘れてたよ」


 何はともあれ、この赤い線を辿れば地上にいける。


「でも道中は魔物だらけよ。絶対に用心はしてね」

「わかってるわ。ウィンディ、本当にありがとうね」


 希望が見えてきた。絶対に脱出してみせる、そしてマチルダも救出して、あのルノーに一泡吹かせてやるわ。

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