第60話 抗うホークとマチルダ

「ふふふ、はーっはっはっは!! これで邪魔者は消えた!」


 勝ち誇ったルノーの笑い声が響き渡った。


「ルノー様、終わりました」

「ご苦労だった、フェイル! ブローディアも消すことができた、これで正真正銘俺だけの王国が築ける。マチルダ、お前も直に俺の嫁だ」


 ルノーが右手をマチルダの差し伸べる。マチルダはその右手をすぐに手で払った。


「マチルダ殿! 何をなさるか!」

「卑怯者! 約束を破ったわね!」

「おやおや、これは大きな誤解をしているようだな。あの三人には移動してもらっただけだ」

「移動ですって!?」

「フェイル、説明してやれ」


 フェイルは杖を壁に叩きつける。すると壁一面に巨大な建造物の外観が表示された。


「こ、これは……」

「遥か昔に建設されたザローインの古代遺跡。この地に住んでいた古代人の叡智によって築かれた、地下大迷宮がこの山の地下にあるのです」

「そしてその地下大迷宮の最深部に三人は移動された」

「そ、そんな……」


 マチルダは絶望した。確かにルノーは約束を守った。しかしマチルダでも脱出がほぼ不可能なのは、嫌でもわかった。


 地下大迷宮の深さを現した数字が、それを物語っている。1000mもあった。


「単に深いだけじゃない。迷宮というから、中の構造は迷路そのものだ。分かれ道もいくつもあってな、一度迷い込んだら二度と出られまい」

「もちろん魔物も徘徊していますよ」

「……あなたという人は!」


 マチルダはルノーを睨んだ。ルノーは笑顔を崩さない。


「残念だが、俺は人じゃないんでね。約束を守っただけでも、ありがたいと思え」


 はらわたが煮えくりかえそうになったマチルダだが、ここで怒り狂ってもどうしようもないのはわかっていた。


 もう自分はこの男に従うしかないのか、今度は言いようもない絶望感が押し寄せる。


「ルノー様!」


 突然魔道士のフェイルが叫んだ。カーンという甲高い音が響き、何かが宙を舞った。矢がフェイルの結界に弾かれていた。


「おいおい、何の真似だホーク!?」


 ホークが弓を構えていた。目が血走っている。


「許さねぇ! 姉貴を殺しただけじゃなく、人間の娘に恋するだなんて。それでも獅子族の英雄かよ!!」

「ふはは! 英雄なんか昔の話だ。俺は大盗賊団“獅子奮迅”の頭領よ。人間の娘をどう扱おうが、俺の勝手だ」

「だからって、姉貴を殺していい理由になるかよ!」

「そうか、お前は知らないのだな。ならば教えてやろう、俺がブローディアを殺した本当の理由を」

「本当の理由だと!?」


 ルノーは焼け焦げたブローディアの死体を見下ろした。


「そいつはな……俺を殺そうと企んでた」

「どういうことだ!? 殺そうとしたって、なにわけわかんねぇことを!?」

「平たく言えば、下剋上ってやつよ。ブローディアは言うまでもなく”ブラック・スティーラーズ“の頭領だった。だが、俺が指揮する“獅子奮迅”を乗っ取り、より強大な盗賊団を築こうと考えていた。野心の高い女よ、そのために俺の暗殺を企てていた」

「そ、そんな馬鹿な……」

「俺が元愛人だと言っただろ!? あいつの言動や態度は誰よりも知っている。俺はあの女を監視していたのよ。そしたらあろうことか、あの女も俺を監視しようとスパイを送り込んでいたらしい。そいつはとっくに始末したがな……」

「…………」


 ホークは何も言い返さず黙って聞いていた。


「ふふふ、その様子だと本当に知らなかったんだな。もしかしたら、お前は信用されていなかったかもな」

「……そんなこと……」


 ホークは首を横に振った。


「おやおや、まだ信じないのか。俺がこんなに丁寧に説明してやっているというのに……」

「……いいや、信じるさ。そして余計に納得したぜ、姉貴がお前を殺そうとした理由も」

「なにぃ? そりゃどういう意味だ!?」

「てめぇみたいな腐った野郎が、長生きして勢力を拡大したらまずいって、姉貴は気づいたんだよ!」


 ホークは弓を捨て、今度は肩に背負っていた槍を右手に持った。


「無礼者! それが新しいボスとなる方への態度か!」

「フェイル、よせ」


 大声で叱責したフェイルをルノーがなだめた。


「絶対に許さねぇぜ、ルノー! 姉貴に代わって、俺が貴様を地獄に送り込んでやる!」

「ルノー様……」

「お前は手出しするな。奴は俺がやる」

「わかりました」

「うおおおおおおおお!!」


 ホークは弓を両手に持って突貫した。一瞬でルノーの懐まで飛びこみ、顔目掛けて突き刺そうとした。


 しかし、顔に先端が突き刺さることはなかった。


「ぐぐぐぐぐぐ……」

「残念だったな。俺が相手じゃなけりゃ」


 全力を出しても、槍は微動だにしなかった。顔に突き刺さる直前で、ルノーが右手で柄の部分を掴んでいた。


 ホークは槍に捕まったままぶら下がっている。それでも必死で抵抗を試みた。


「うおおおおおお!!」


 体を剃り、反動で蹴りを入れようとした。蹴りはそのままルノーの側頭部を直撃した。


 だがルノーは笑っている。


「随分と貧弱だな」

「ば、馬鹿な……!?」

「裏切者には死あるのみ。俺が素晴らしい最後にしてあげよう」


 ルノーが槍をさらに持ち上げる。そして槍が徐々に炎に包まれ始める。


「うわああああああ!!」


 炎はそのまま一瞬にして槍全体を覆い、やがてホークに燃え移った。


 槍にぶら下がったままホークの体は全身火だるまとなった。


「ブローディアの隣で眠らせてやるよ」


 炎が消えた。ルノーが手を離し、黒い炭と化した槍とホークは、ブローディアの体の隣に落下した。


「全く世話の焼ける奴を部下に持ったな、ブローディアも」

「どうします? ほかの元部下達も始末しますか?」

「全員が裏切って俺を殺そうとするなら、そうしろ。もしくは逃げ出そうとするやつもな」

「わかりました」

「それでは俺はマチルダと一緒に部屋へ戻る。あとは頼……」


 だがルノーが気づいた時にはすでに遅かった。それまで隣にいたはずのマチルダがいない。


 後ろのドアも開いていた。そしてドアの向こう側から、何かが倒れる物音が聞こえた。


「あの女、まさか!?」


 ルノーも急いで走り出した。ドアの向こうは廊下になっていて、突き当りにドアが見える。


 そのドアが開いていた。中にいた部下の一人が膝をついてうずくまっていた。


「おい、貴様……」

「うぅ、ルノー様。申し訳ございません、マチルダ様が……」

「この馬鹿者がぁああああ!!」


 怒り狂ったルノーが倒れていた部下の頭を掴むと、そのまま真っ赤な炎で焼き尽くした。


「ぎゃああああああああ!!」


 部下はすぐに黒炭と化して、床に散らばった。


「る、ルノー……様……」


 慌てて駆け付けたもう一人の部下が、動揺して立ち尽くした。


「急いでマチルダを探し出せ! 探せなければどうなるか、わかるな?」

「は、はいいい!!」


 ルノーの血走った目で睨まれ、断るに断れなかった。部下は即座に走り出して捜索にあたった。


「……マチルダめ。絶対に逃がしはせんぞ!」


 怒りで冷静を失ったルノーを、ドアの向こうからフェイルが眺めていた。


(もとはと言えば自分が気を取られていたのが原因なのに。あの様子では、新王国の王として相応しくないな。所詮は蛮族に過ぎんか)


 フェイルはドアから離れ、階段を降りバラバラになっていたブローディアの炭化した体を見下ろす。


 そして魔法を唱え、元の姿に戻した。バラバラになっていた黒炭が徐々に一か所に集まる。小さな人形となった。


「やはり複製人形だったか」


 フェイルは複製人形を掴み、自らの火魔法で消し炭にした。


「ナターシャ・ロドリゲス、あの女の力は想像以上だ。あのお方がおっしゃった通り……あの女なら迷宮を突破しうるかもしれぬ」

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