第57話 マチルダ救出作戦

 ブローディアとの面会を終えた私達は、港町まで戻ってきた。


「はぁ、やっと終わったわ」

「もうあんな場所には行きたくないわね」


 計二十分もクジラの口の中にいたなんて、考えるだけでゾッとする。とにかく今はシャワーを浴びたい。


「ジュドー隊長!」


 突然ジュドーを呼ぶ若い男の声が聞こえた。彼の部下が走って向かってきた。


「どうした? 何かあったのか?」

「はい。ジョージ皇太子殿下が……」


 慌ててジュドーが部下の口を塞いだ。


「大声でその名前を言うな!」


 不用心な部下ね。周りに人が大勢いるのに、聞かれたらどうするのよ。


「うぐぐ……申し訳ございません」

「全く……で、彼についてどんな報告だ?」

「はい。その……大変申しづらいのですが……」


 部下はかなり深刻な表情を見せる。嫌な予感がした。


「失敗しました」

「なんだって!?」

「ご安心ください、彼は生きて帰ってきました。傷一つなく……」

「だが、それでは……」

「交渉は失敗したとのことです。今ペラーザ町にいますから、詳しくは後程彼からお聞きください」

「わかった。報告ありがとう」


 部下は敬礼して足早に帰った。


「あぁ、やっぱりね。そんな感じはしていたけど……」

「でもそれじゃ……完全に私達次第になるわね」

「とにかく私達も戻りましょう」


 やっぱり駄目だったか。生きて帰って来れただけでもマシね。


 全てはウィンディの木箱の中にあるアレ次第だ。馬車に乗り換えてペラーザ町に引き返すことにした。



 ペラーザ町の『まどろみの宿』に着いた。ジョージもとっくに戻っていて、仮面はつけていない。


 ジョージが言うには、奴らのアジトに行き、炎獅子に会うことはできた。でもいざ会って自分が皇太子だと明かしても、まるで聞く耳を持ってもらえなかったという。


 そりゃそうなるわ。本物の皇太子がそんな場所に行って人質交換を要求するって、普通あり得ないもの。


 ジョージのマチルダを助け出したい想いは理解できるけど、やっぱり無茶がある作戦だったわね。


「心配しないで、ジョージ」


 ウィンディから木箱を受け取って、ジョージに中身を見せた。


「これは……うまくいったのか!?」

「だから言ったでしょ!」


 期限は明日まで。ほかに手はない。ブローディアからいただいた魔力、無駄にするものですか。


 ジョージが突然立ち上がった。鞄の中から仮面を取り出す。


「僕も一緒に行かせてもらう。嫌だとは言わせないよ」

「わかったわよ。足を引っ張らないでね」


 さすがにここまで来たら断れない。


 ブローディアを連れて同行が許可できるのは三人まで、一人は私と指示されている。


 つまりあと二人連れて行けるわけで、ジョージとあと一人だけ。でも一番頼りになるのは、彼女よ。


「ウィンディ、お願いしていい?」

「水臭いわね。同じパーティーじゃないの」


 よし、これで三人決まった。


「でもエックス、念のためフードとかも被ってね。あとウィンディも、エルフだってバレたら何かと面倒だわ」

「わかった」

「ナターシャ殿……」


 ジュドーが慎重に声を掛けた。私は首を横に振った。


「駄目よ。同行を許可するのは三人まで。あなたは残って……」

「ですがそれでは!」

「ジュドー。気持ちはわかるが、下手に刺激させない方がいい」

「……わかりました」


 渋々頷いてくれた。


「私達三人もいれば十分よ」

「相手は炎獅子です。どんな卑怯な手を使うかわかりません。最後まで気を抜かないように」


 ジュドーに言われなくてもわかっている。マチルダ救出作戦、人生でこんなに手と汗握る作戦に挑むなんて初めての体験。


 失敗は許されないわ。





 翌日、私とジョージとウィンディの三人はザローイン山の山頂から南西部にある古代遺跡跡地に向かった。


 そこにはすでに炎獅子の部下と思われる亜人の兵士達がいた。そしてホークとその部下達もいた。


「ふふ、約束通りだな」

「ブローディアの姉貴、俺達やりましたぜ!」

「あぁ、やればできるじゃないか。恩に着るよ」


 私達が連行しているブローディアを見て、ホークも嬉々としている。すっかり自分の作戦が成功したものと思っているわね。


「ちょっと、あなた達も約束守ってよ!」

「わかってるさ。新しいボスのところまで案内してやるよ」


 ここじゃなかったのか。ホークが歩き出したので、私達はあとを追うことにした。


「……なんとか騙せたわね」


 ウィンディが小声で語りかけた。


「僕の複製人形をあなどっちゃいけないよ。誰がどう見ても本人だ、声だって完全に複製できる」

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