第56話 ブローディアとの交渉

 来て早々挨拶もなしに、不愛想な言葉をかけられるだなんてね。私が来るのがよっぽど予想外だったのね。


「ブローディア・バートン、本当にあなたなの!?」

「……エルフも一緒か?」

「紹介するわね、エルフのウィンディ・ベローナよ」

「それともう一人重要な人物を紹介しておこう」


 ジュドーがリチャードを見ながら言った。


 リチャードは牢屋の前に立ち、自分の名前を言った。


「あんたグノーシス商会の会長か!?」

「そうだ。今日はわけあって、お前と大事な話があってここに来た」

「大事な話?」

「ズバリ言うと、炎獅子のことよ」


ブローディアはその言葉にすぐに反応した。


「あぁ……あいつがまたやらかしたのか」

「お前が幽閉されたと聞いて、強硬手段に出たのだ」

「強硬手段だって?」

「私の娘が誘拐されたんだ。そしてあろうことか、ペラーザ町の統治権と商会が保有する全資産をよこせと要求してきた」


 リチャードはちゃんと前もって予定されていた話を言ってくれた。


「……はは、あいつらしいな」

「笑い事じゃない。あの男は強すぎる。止められるのに何か有効な手段は知らないか?」

「は? なんで私がそんなことを?」

「お前は禁錮百年の刑にふされている。内容次第だが、刑期を減らせなくもない」

「……」


 ブローディアはすぐに返事をしてくれない。


「……出してくれるんならいいけどね」

「なんだと!?」

「だから、ここから出してくれるんなら、考えてやってもいいって言ってんだ」

「貴様、調子に乗り過ぎだろ! 刑期が減るだけでも、どれだけ恵まれたことかわからんのか!?」

「おやおやそうかい。じゃあ、あたしは協力しないよ」

「ぐぅ……貴様!」 

「待ってよ!」


 やっぱり案の定だ。仕方ない、強硬手段に出るか。


「ブローディア、私からとっておきの情報を教えるわ」

「とっておきの情報?」

「あなた、この監獄から抜け出したいんでしょ?」

「当たり前さ。その気になったらいつだって脱走してやる」

「でもそれは不可能だって、もう知ってるでしょ?」


 ブローディアは言い返せなかった。この様子なら、この後の私の言葉につられるはず。


「あの結界、私も触れてみたの。本当にすごいと思うわ、何度試しても戻るもの」

「その通りだよ。でもお前も知ってる通り、あの結界は……」

「妖精なら会えるわよ」


 ブローディアが突然固まった。やっぱり反応したわね。


「……なんだって?」

「結界を敷いている妖精なら会えると言っているの。その妖精に会えれば、結界だって解ける」

「何を言い出すかと思ったら、その妖精に簡単に出会えるようじゃ脱獄不可能な監獄だって言われないだろ?」

「えぇ、そうね。誰も知らないはずだから……」

「……知っているとでも?」


 私は頷いた。そしてブローディアの顔にそっと近づけて、耳に手を当てた。


「妖精と交信できるのは監獄長だけよ」

「それはそうだと思うが、まさか監獄長の居場所を知っているのか?」

「えぇ、もちろん。私達に協力してくれるんなら、教えてあげてもいいわ。知りたい?」


 ブローディアは訝し気な目で私を見た。これで駄目ならどうしよう。


「……嘘ついたら、容赦しないぞ」

「じゃあ、協力してくれるのね?」


 ブローディアが渋々頷いた。よし、これで半分は成功した。


 残りの半分、あとはウィンディ次第だ。ウィンディが手筈通り木箱を両手に持って、前に出た。


「なんだいそれは?」

「手でこの箱に触れて。心配ないわ、ちょっと契約の印を残すだけだから」

「契約の印?」

「エルフに伝わる特殊魔法の一種よ。あなたとブローディアの交わした契約を魔法によって、明文化するわけ。あとは罰則発動効果の付与ね」


 ウィンディがなんだか難しい話をしている。


「要するに、お互いに約束を破ったら、何らかの罰が与えられるのか」

「そういうことよ。あなたが果たす約束は炎獅子の倒し方や弱点、アジトの詳細な位置や勢力の規模を詳細に教えること。わかった?」

「望むところだ。ナターシャの約束も忘れるなよ」

「えぇ、もちろんよ」

「じゃあ、お互いに納得したところで……」


 まず私が木箱の蓋に触れる。蓋の半分がちょうど青色に光った。私の名前も表示されている。


「じゃああなた……」


 ブローディアが右手で蓋に触れた。蓋の片側が赤色に光る。と思ったら、すぐに光が消えた。


「なんだ? 一体どうなってる?」

「ごめんなさい、もっと強く魔力を込めないといけないの。もう一度やって」

「全く面倒な魔法だね」


 渋々もう一度蓋に触れた。今度はかなり強力に魔力を押し流しているんだろう、さっきよりも強い光を放った。


 ブローディア・バートンの名前が表示され、木箱の中央に二重の円の模様が浮かび上がった。


「これで、契約成立よ」

「じゃあ教えてもらおうか」

「えぇ、いいわよ」


 ブローディアに近づいた。耳元まで口を近づけて、小声でそっと呟いた。


「……監獄長はね、あなたのファンみたい」

「……は?」

「はい、情報提供おしまい!」

「ちょっと待て! なんだそれは!?」

「だからその言葉通りよ。これで私からの情報提供はおしまい」

「ふ、ふざけるな……やっぱり騙したな」

「嘘なんかついてないわよ」

「なにがファンだ!? 言っている意味がさっぱりだ! こんな……」


 怒りに震えたブローディアだったけど、すぐに異変が起きる。


 ブローディアが突然膝まづいた。そしてふらつきながら頭を抱える。


「な、なにを……した?」

「眠ってもらうわよ」

「く、くそ……が……」


 ブローディアは眠りに落ちた。


「うまくいった?」


 ウィンディが木箱の蓋を開けて中身を見た。


「ばっちりよ」

「よし、それじゃ帰るわよ」


 作戦は成功した。ブローディア、ごめんなさい。契約魔法なんて存在しないの。


 さっきの木箱はウィンディが適当に作った魔法道具で、魔力を込めたらその模様通りに光るだけなの。ただあなたの魔力を吸収したかったのが目的よ。


 だけど私は嘘はついていない。監獄長は間違いなくあなたのファンよ。気づくかどうかはわからないけれど。

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