第54話 妖精の不思議な結界

 昨日のことを振り返りながら、ウィンディの言葉を聞いて我に返った。


 ウィンディもやっぱり知らない。遮音の結界は完ぺきだったようね。それは安心したけど、彼女にも事実を言うわけにはいかない。


「彼は、正義感が強いから」


 そう言うしかない。でもそんな理由で納得するかな、ウィンディは勘が鋭いから不安だ。


「ナターシャ殿、見えてきました!」


 突然ジュドーが声を掛けた。いつの間にか甲板の先頭に立って、水平線の彼方を指差している。


 水平線の彼方に見えたのは、不気味な形をした灰色の塔の先端だ。天辺にはどす黒い雲までかかっている。


「あれが……監獄シドファーク」

「なんて不気味な外見。私も初めて見るけど、あんな場所には一生住みたくないわ」

「同感ですね」


 絶海の孤島、絶対脱獄不可能と言われるだけのことはある。近づけば近づくほど、誰もが恐怖と絶望で押しつぶされそうになる外見が明らかになってくる。


 私まで息が詰まりそうになった。すると、突然船の速度が落ちた。


「ちょっと、どうしたのよ!?」

「申し訳ございません。ここから先は、船での移動はできないことになります」

「はぁ!? 船で移動できないって……それじゃどうやってあそこまで行くわけ!?」


 見た感じ、まだシドファークとの距離は数キロはありそう。船なしで移動するって、本気で言ってるわけなの。


「さすがに泳ぐのはきつくない?」

「違います。泳ぐのではなく、乗り換えですよ」

「乗り換えって……」


 その時、船が突然揺れた。


「来ましたね……」

「な、なんなの!?」


 とんでもなく巨大な気配が近づいていた。多分魔物ね、それもかなりでかいはず。


 ザバァアアアアアアン!!


 海面から姿を現したのは、巨大な角を生やしたモンスターだ。こんなモンスターは見たこともない。


「ドラゴン、じゃないわね」

「紹介しましょう。タイタンホエールです」

「きゅおおおおおおん!!」


 タイタンホエール、その名前を聞いて私も思い出した。


 海には様々な生き物が生息する。中でも温厚な生き物として知られているのがこのタイタンホエール。


 ヒレがあるけど魚じゃない。外見は巨大なクジラそのもので、私達が乗っている船よりも大きい。


「まさか……このクジラの背中に乗れって!?」

「違いますよ。ほら……」


 タイタンホエールは私達をじっと見た。そして敵意がないことを察知したのか、そのまま口を大きく開け始める。


 口の大きさは、ゆうに大人数名が軽く入れるほどの大きさだ。嫌な予感がした。


「いや、冗談でしょ!?」

「ご心配なく、ちゃんと人数分は入れます」

「そういう問題じゃないから!」

「おい、今のは一体なんだ!?」


 船の甲板にリチャードが出てきた。


「うわぁ! これは!?」

「リチャード卿、説明は後からします。早くこのクジラの口の中にお入りください」

「なにぃ!? この魔物の口の中に入れだと!?

「魔物ではありませんからご安心ください。さぁ、早く!」

「ふざけるな! 乗り換えがあるとは聞いていたが、こんな巨大な化け物の口の中に入るなどできるか!」

「ならば、リチャード卿はここにお残りください」


 ジュドーは毅然とした態度で言い放った。リチャードは少したじろいでいる。


「……リチャード卿、気持ちはわかるけど、このクジラの中に入らない限り、あの監獄には入れないわ」

「うぅ、こんな……本当にほかに方法はないのか?」


 ジュドーはきっぱり否定して、リチャードは項垂れた。もうほかに選択肢はないようね。


「正直、私だって嫌よ。我慢して」

「……わかった。ここに残るわけにはいかん。マチルダはもっと辛い目に遭ってるんだ。私も身を張らねば……」


 ジュドーがリチャードの腕をしっかり掴んで、そのままタイタンホエールの巨大な口の中へ入った。


 でも私は未だにしっくりこない。


「ねぇ、本当に行けないの? 見たところ、泳いでいけばたどり着けそうだけど」

「嘘だと思うなら、そうしてみたら?」


 ウィンディがきっぱり言い放った。


「そう言うなら、確かめるわ」

「ナターシャ殿!」


 ジュドーが呼び止めるも、構わず海に飛び込んだ。


 また海水浴か。でも今度のはかなり深い海、濁っていて長時間は潜っていたくないわ。


 だからと言って、クジラの中には入りたくない。さっさとシドファークまで泳ぐわよ。私は全力で両腕を交互にかいて前進した。


 どんどんシドファークは近づいている。波もそこまで立っていないから、すぐに着けるわ。


 と、余裕ぶっていたのも束の間。すぐに異変に気付いた。


「あ、あれ……?」


 気づいたら、シドファークの姿が消えていた。代わりに見えたのは、私がさっきまで乗っていた船とタイタンホエールの姿だ。


 どういうことなの。私いつの間に方向転換したのかしら。


 とにかく、また向きを変えた。シドファークはやっぱり見えている。再度全速力で泳いで前進した。


「あれ……また?」


 さっきと同じ結果になった。やっぱりしばらく泳いだら、またシドファークは消えている。そして船とタイタンホエールの姿だ。


 甲板の上からウィンディがやれやれと言わんばかりの顔で、私を見下ろしていた。ちょっと腹が立った。


 今度こそ。また振り向いて、三度目の正直よ。


「ナターシャ殿、もう諦めてください!」


 またジュドーが声を掛ける。でも聞こえないふりした。


 三度目はちょっと違うやり方で泳ぐことにした。私は大きく息を吸い込んで、そのまま潜った。


 そして顔を水面に出さないまま、そのまま海中を前進した。


 なんらかの特殊な結界が張られているかもしれない。それなら海中から行けば、たどり着けるかも。


 私はそう期待した。でも裏切られた。


「……くそっ!」


 思わず汚い言葉を吐いてしまった。海中を進んで、二分ほど経って私の右手が触れたのは、乗って来た船だった。


 結局三度目も同じ結果だった。もう四度目は試す気力はない。


「気がすんだ?」


 海中から顔を出した私にウィンディが声を掛けた。ご丁寧にロープをぶら下げてくれている。


 そのロープを使って船に戻った。


「妖精の結界ですよ」


 バスタオルを渡しながらジュドーは言った。


「なんですって?」

「正確には、海魔妖精が張った結界よ」

「結界……それはわかっていたけど、海魔妖精って?」

「あなた、座学の成績よかった?」

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