第53話 マチルダ誘拐の引き金
翌日、私はペラーザ町の北部にある港町から、船に乗って移動していた。
私と一緒に行動をしているのは、ウィンディとジュドーとマチルダの父のリチャード、あとジュドーの部下数名だ。彼らと一緒に向かうのは、ブローディアが幽閉されている監獄シドファークだ。
監獄シドファーク、私達がいるシルバニア帝国の最北部にある、絶海の孤島に囲まれた監獄だ。
一度収容されたら脱獄は不可能とされている、どんな強戦士だって。
そんなブローディアを助けるためだろうか、炎獅子は強硬な手段に出た。マチルダを誘拐し、彼女と引き換えにブローディアを救い出そうとしている。
奴らの目的を簡単に達成させるわけにはいかない。今シドファークに向かっているけど、目的はブローディアとの交渉にある。
「ブローディアを……味方につけるわ」
出発前、私はジュドー達に提案してみた。もちろんジュドーは頑なに反対した。
「それはいくら何でも無茶です。いくらあなたが前に一度戦って勝ったと言っても……」
「あら。オーガ族は一度自分を負かした相手には従うんでしょ?」
「それはそうですが……ブローディアも炎獅子に逆らったら、どうなるかはわかっているはず。そう簡単に従うなど……」
「何も無策で彼女と交渉することはないわ」
私にはある考えがあった。苦肉の策かもしれないけど。
ジョージとジュドーの前でその作戦を明かした。全員神妙な面持ちになった。やっぱり駄目かも。
「……いや、それで行きましょう!」
「本当? じゃあエックス、あれを……」
ジョージから作戦の達成のために必要な道具を受け取った。
その道具は大事に私の鞄の中にしまっている。
「まさか彼がそんな魔法道具持っていたなんてね」
「あら? あなたも知ってのね」
「そりゃ一通りの魔法道具なら見たことあるわよ。そもそも魔法道具は、エルフが開発した魔法装備が起源だから」
そうだったのか。知識勝負じゃウィンディに勝てそうにないわ。
「それより、彼は大丈夫かしら?」
「ジョージのこと?」
「そうよ。昨日の夜に出発したそうだけど、うまくいってほしいわね……」
ウィンディの言う通り、ジョージは昨日の夜にマチルダを助けるため、ジュドーの部下を数名連れてザローイン山へ向かった。
「僕がマチルダの身代わりになる」
「そ、それは……冗談ではなく、本気なのですか!?」
驚いたリチャードの声に、ジョージは頷いた。ジョージは自らマチルダの代わりになろうとしている。
「くれぐれも、父には言わないでくれ」
ジョージはそう念押ししたけど、言えるわけがない。いや、本当は言わないといけないことなんだけど、ジュドーが謹慎されるどころの騒ぎじゃない。
ジュドーはもちろん猛反対した。私も反対した。でもジョージは聞く耳持たずだった。
どうしても行かなければいけない、僕が責任を取る。その一点張りだ。
彼がそこまで固執するには理由があった。昨日の夕方、出発する直前に私はジョージから衝撃の事実を告げられた。
「なんですって!? それ本当なの!?」
思わず大声を出してしまった。別荘で彼の部屋で二人きり、ちゃんと遮音の結界も敷いて、ジョージは私にマチルダが誘拐された経緯を話してくれた。
あまりに衝撃な内容だった。マチルダが誘拐される前、夕食を済ませたジョージはマチルダと部屋で二人きりになった。
そこでマチルダに打ち明けたのは、彼女との婚約を破棄するという内容だ。
「マチルダのどこが気にくわなかったの? 態度? それとも性格?」
「そういう問題じゃないんだ。彼女は美しい。思慮分別もあり、礼節も弁えた素晴らしい女性だ。でも……」
「わかったわ。それ以上は聞かない」
言われなくてもわかっていた。多分彼はこう言うだろう。僕は君を諦めたくない、と。
そんな言葉は聞きたくなかった。
「はっきり言って権力の乱用よ。こんなことが陛下の耳に入ったら」
「言われなくてもわかっている。僕も頭を下げて必死に謝った。でも彼女は……」
それからマチルダは泣き出し、別荘を飛び出したとのことだ。そりゃいきなり婚約破棄を言い渡されたら、そうなるわ。
マチルダを森の中で見つけたのはいいものの、顔も見たくないと言われ近づけなかったという。ジョージはそのまま別荘に引き返そうとした。
それから、怪しい人物が数名森の中でうろうろしているのを発見し、尾行したところマチルダが誘拐されてしまったとのことだ。
ジョージが言うには、すでに別荘の使用人が奴らの仲間の一味だったらしい。用意周到な計画だ。
すぐに救い出そうとしたけど、その後例の赤いドラゴンが出現したとのことだ。
以上が、一昨日の夜に起こった詳細な事実。つまり最大の原因はジョージにあった。
もちろんマチルダの誘拐自体、前々から計画されていたものらしいけど、ジョージの婚約破棄でマチルダが外に飛び出し、奴らに塩を送る形になった。
ジョージは自責の念に駆られた。だからこそ、今度は自分がマチルダの身代わりになると決意した。
さすがの私も、その事実を知らされたら反対しづらかった。もとより正義感の強い彼だから、なおさらだ。
「エックスは……どうして自らあんな危険な行為を?」
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