第52話 ジョージの決断
その時、リチャードがジョージの存在に気付いた。
「これはこれは、ジョージ皇太子殿下。お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。愛する娘が行方不明となっては、無理もない。私も同じ気持ちだ」
「ありがたきお言葉、殿下との例の話も順調に進んでいたばかりに、このようなことになってしまうだなんて。陛下に合わせる顔もない」
例の話、敢えて明言は避けているけど、ジョージの顔も歪んだ。やっぱり婚約は順調に進んでいたみたいね。
私も同じ気持ちよ。マチルダがいなくなったとなったら、ジョージの婚約も進まない。是が非でも助けないと。
「ねぇ、ちょっといいかしら!」
私は我慢できず口を挟んだ。振り向いたリチャードは私を見て、目を見開いた。
「なんだ、お前は!? というか、その服はマチルダのじゃないか! なんでお前のような見ず知らずの女が娘のローブを……」
「見ず知らずですって!?」
思わず大声を出してしまったけど、すぐにジュドーが身を乗り出した。
「ご安心ください。この女性は、この別荘の使用人でございます。まだ新人でして、ちょっとマナーがなっていないものですから。それにマチルダ令嬢が特別に着ていいと許可をだしております」
「使用人って……」
「そういうことにしてください。今は」
ジュドーが小声でそっと囁いた。
「使用人か。まぁいい。それで、何か話したいことがあるのか?」
「そうよ。まずマチルダ……」
(“様”付けて!)
ジュドーが小声で注意した。
「えぇと……マチルダ様の安否ですが、まず彼女は生きています」
私の言葉を聞いて、全員顔色を変えた。
「それは……確かなのか!?」
「間違いありません。奴らが私に知らせてくれました」
「奴らとは、マチルダ様をさらった連中ですね」
「そうだ。誘拐されたと聞いたが、一体どんな連中なんだ!? そして一体何が目的なんだ!?」
「お金ではないそうです」
突然ウィンディの言葉が聞こえた。さっき渡した紙を持って、居間に入って来た。
「今度は……エルフ!?」
「ご安心ください。この女性も使用人の一人です」
「……まぁいい、それよりお前も何か知っているのか?」
「えぇ。まぁ話すよりも、まずこれを見てください」
ウィンディが紙をジュドーに渡した。ジョージも気になって紙を見た。二人とも目を見開いた。
「こ、こんな……」
「なんてことだ。あいつら……」
「おい、一体何が書いてある!?」
ジュドーがリチャードの顔を見て読み上げた。
「マチルダを返してほしければ、幽閉されたブローディア・バートンを連れて、ザローイン山の山頂から南西部にある古代遺跡跡地に来い。ブローディアと引き換えに、マチルダを返す。
同行を許可するのは三人までだが、必ずナターシャ・ロドリゲスも連れてくること。期限は三日。それまでにブローディアを連れてこない場合、マチルダの命はないものと思え。 炎獅子より」
紙の文章をそのまま読み上げ、全員しばらく沈黙した。
「……炎獅子、まさかあの炎獅子ルノーか!?」
「知っているの?」
リチャードが大声で口走った。
「かつて獅子族の英雄とも言われた戦士です」
「あなたも知っていたのね」
ジュドーは頷いた。
「ブローディアの言葉を聞いた時は半信半疑でした。まさかあの英雄がと思いましたが、この紙の文面を見る限り、ルノーが首謀と思ってよさそうですね」
「炎獅子ルノーはね、それはもう誰もが憧れるほどの強さだったのよ」
ウィンディが口を挟んだ。
「エルフの中でもルノーを慕う戦士がいたほどよ。でも五十年位前に突如姿をくらましたの。死んだとも言われていたけど、まさか盗賊団に成り下がったなんてね」
「一体ルノーに何があったの?」
「それはわからない。でも、あいつが主導しているのなら、間違いなく本気だということ」
「おぉ、なんということだ……」
リチャードが頭を抱えたままソファに座り込んだ。
「よりにもよって、あのブローディアと人質交換を要求するとは」
「ブローディア・バートン、確かブラック・スティーラーズの頭領よね」
「元頭領、ね」
「え? それって……」
「実はですね」
ジュドーが簡単に説明してくれた。
「そうだったの、あなたが……」
「でもまさか、マチルダの誘拐にまで繋がるだなんて」
結果論とは言え、なんだかやるせない気持ちになった。でもジュドーは首を横に振った。
「ナターシャ殿、お気になさらずに。奴らの狙い通りにはさせませんから!」
必死で私を擁護したのはいいものの、すぐにリチャードが立ち上がった。
「おい! 私のマチルダがどうなってもいいというのか!?」
「り、リチャード卿! 誤解なさらずに、マチルダ令嬢は必ず救い出します」
「いい加減なことを言うな。まず確認するが、お前は人質交換に素直に応じる気はあるのか?」
リチャードがくいついた。ジュドーもすぐには答えを返さない。一体彼は何を考えてるの。
「おい、どうなんだ!? はっきり言え!」
「……仮にも元盗賊団の頭領ですから、素直に釈放させるわけにはいきません」
やはり毅然とした答えが返って来た。
「奴らの要求は飲まないんだな! ならばマチルダはどう救い出すんだ!?」
「それは……」
またジュドーは返答に困っている。これは不安しかないわ。
「これから考えます」
なんなのよ、その答えは。正直これには呆れるしかない。
「これから考えるだと!? なんだその言い草は!? それでも警備隊の隊長か、無責任にもほどがあるぞ!」
「ですから、奴らの居場所自体はわかっています。これから作戦を練りますので、どうか……」
「いい加減にしろ! あの炎獅子だぞ! 獅子族の中でも最強と謳われた戦士だ。どうやって立ち向かうのだ!?」
リチャードもルノーの強さはわかっているようね。さすがにジュドーでもお手上げじゃないのかしら。
「待ってくれ!」
突然ジョージが声を出した。
「で、殿下……」
「僕にいい考えがある」
「いい考えって?」
ジョージは真剣な顔で発した。なんだか嫌な予感がするわ。
「ブローディアを釈放させる必要はない。もちろんそれでもマチルダを助け出せる、より確実な方法で」
「おぉ! 一体どのような考えをお持ちで!?」
ジョージと目が合った。これまでにないほどの真剣な眼差しだ。
彼の考えが読めた。ウィンディにもわかったみたい。
「駄目です、殿下! それだけは……!」
「ジュドー、すまないがもうこれしか方法はないんだ」
「おい、一体なんだ? 殿下、説明してくださいませんか?」
「ジョージ……」
「彼女が……マチルダがさらわれたのは、僕のせいなんだ」
「え? それどういう意味?」
ジョージは敢えて言葉を濁している。でも彼にしか知らない深い事情があるのは、嫌でもわかった。
「僕が責任を取らなければいけない。だから僕は……マチルダの身代わりになる!」
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