第51話 駆け付けた父親

 翌日、目が覚めた私の目に真っ先に入ったのは、見覚えのない天井だ。


「……ここどこ?」

「目が覚めた?」


 誰かの声が聞こえた。耳が尖ったエルフの女性、確か昨日仲間になったのよね。


「……おはよう。えぇと……」

「まさか、もう私の名前忘れたなんて言わないわよね?」

「そんなことないわ、ウィンディ。あなた早いわね」

「いや、あなたが遅すぎるのよ。もう10時よ」

「え? 嘘でしょ!?」


 はっと起き上がった私はすぐさま時計を探した。壁に時計が掛けてある。


「本当に……10時」

「しょうがないわ。昨日あんなことがあったから、疲れない方が無理に決まってる。それに夜中だったし」


 ウィンディが言うには、グスタフに乗った直後に私は眠り込んだらしい。


 そしてマチルダの別荘に着いて、私を彼女の部屋まで連れて行って寝かせてくれた。その際ジョージも協力してくれたとのことだ。


「エックスには感謝しないとね。彼のおかげで、私達も不審人物扱いされなくて済んだもの」

「……でもマチルダは……」


 ウィンディは暗い顔になった。


「……まだ戻って来てはいないわ」

「そう……」

「あなたのせいじゃないわ! それに奴らの逃げ込んだ場所もおおかた見当がついたから、あとは……」

「いえ、探す必要はなくなったわ」


 私は昨日手に取った紙をウィンディに渡した。


「なにこれ? 紙?」

「多分奴らの仲間なんでしょうけど、わざわざ矢に結んでたわ」


 私はベッドから身を乗り出した。だけど思わず鏡に映った自分を見て、ギョッとした。


「……その服、替えた方がいいわよ」

「そうするわ。今度はもう少し耐久力が高い服がいい、それにシャワーも浴びたい」


 服もボロボロならまだしも、髪もバサバサだった。そういえば昨日海水浴して、それから乾かしてなかったっけ。


「マチルダが使ってた浴場があるわ。私がもう入ったから」

「じゃあ、私も入るわ。ありがとう」

「それより、探す必要がなくなったってどういうこと? 居場所がわかったの?」

「とにかくその紙を読んでみて。話はそれからよ」


 ウィンディは言われるがまま紙を広げた。そして目を見開いた。


「……これって……まさか」

「あいつら、人質交換を提案してきたわ」



 シャワーも浴びて、私はキッチンで朝食を食べることにした。ボロボロになった服を着替えて、今着ているのはマチルダ専用のバスローブだ。


 身長が違い過ぎるのか、マチルダのバスローブは私には小さすぎる。だけど着替えないわけにもいかない。今はとにかくこれで我慢しましょう。


 朝食はすでに用意されていた。と言っても、保存食を簡単な炎魔法で焼いて作った簡易的な食事だ。


 使用人の姿はない。ウィンディが言うには、まだ眠っているとのことだ。昨日は夜通し捜索し続けていたから、結局寝たのは今日の早朝頃。


 テーブルの朝食は、ウィンディが手早く作ってくれた。とにもかくにも朝食を済ませた私は、居間に行ってジョージと顔を合わせた。


「おはよう、ジョージ」

「おはよう、ナターシャ」


 ジョージは起きていた。だけど眠れなかったのか、目の下にすっかりくまができている。


「安心してくれ。一時間は寝たよ」

「……そう」


 それでも一時間だけじゃない、と言いたかったけど言えなかった。今の彼の暗い顔を見ていると、こっちまでどうにかなりそう。


 私もソファに座った。会話がない。ジョージは俯いたまま目も合わせない。二人の男女が同じ部屋にいて、何も会話がないなんて気まずいったらありゃしない。


「えぇと……その……」


 何か言わないといけない。さっきウィンディに見せた紙の内容はまだ知らないはず。なんとか切り出さないと。


「おはようございます、ナターシャ殿」


 ふと、別の男の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。


「ジュドー!? なんであなたがここに!?」

「一大事ですからね。早朝に起きて、一時間前に駆け付けました」


 ジュドーが言うには、彼は昨日の夜、カエサルから知らされてここに来たという。


 グノーシス商会会長の長女が誘拐されてしまったことはギルド関係者にも知らされ、ペラーザ町はこれまでにないほどの厳戒態勢を敷いているという。


 そして彼は仕事が早く、すでに彼の部下数十名がマチルダの捜索に現在も当たっているという。


「安心してください。必ずやマチルダ令嬢を探し出して見せます。警備隊の隊長の名にかけて」

「……ジュドー、早速捜索隊を出してくれたのはありがたいんだけど……」

「マチルダー!!」


 突然部屋の外から男性の大声が聞こえた。


「今の声は!?」

「マチルダの父です。もう来たのか」

「マチルダー、マチルダー!!」


 ドアを強引に開けて入ってきたのは、立派な貴族の服を着た中年男性だ。


 だけどやや質素な感じのする服ね、髪も乱れたまま。慌ててここまで来たのが、嫌でもわかる。


「おはようございます。よくお越しくださいました、リチャード・グノーシス卿」

「挨拶などどうでもいい! マチルダはどこだ!! 私の可愛いマチルダは!?」


 リチャードが頭を下げたのもお構いなしに、マチルダの父のリチャードは即座にジュドーの腕を掴んだ。


「大変申しづらいのですが、まだ捜索中でございまして……」

「まだ見つかっていないだと!? いい加減にしろ! 妻は娘が誘拐されたと聞いて失神して寝込んでしまったんだ。金ならいくらでも払うから、とにかく……」

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