第47話 誘拐犯の策略
ウィンディもグスタフに乗り込んだ。
「ちょっと待ってくれ!」
ジョージが突然呼び止めた。何やら布切れのようなものを取り出した。
「何それ?」
「狼なら、臭いを辿れるだろ。これを使ってくれ」
これはマチルダのハンカチね。香水の香りが染みている。
「ありがとう。これで正確な場所がわかるわ」
「じゃあ、頼んだよ」
私はグスタフにハンカチの香りを嗅がせた。
「ガフゥ!」
「どうしたの!?」
突然グスタフが妙な鳴き声でせき込んだ。
「この子、香水の香りが苦手なのよ」
「そうね。香水って結構合成された成分多いから」
「ガウ!」
「あ、わかったみたいよ」
グスタフもなんとか臭いに耐え、態勢を立て直し、そのまま勢いよく走り出した。私はすぐに振り向いてジョージを見た。
「エックス、早く別荘に戻ってみんなを安心させてね!」
ジョージは手を振って答えてくれた。そしてすぐに彼の姿は見えなくなった。
グスタフは西に見える山に一直線に向かっている。このままこの速さなら、多分一時間もせずたどり着ける。
「あぁ、それにしても……」
思わず私はまぶたをおさえた。眠気が襲ってきた。
もうすぐ日付が変わる頃ね。こんな夜遅くまで起きたのは久しぶり。肌が荒れそう。
「しっかりして。私もグスタフも同じなのよ」
そうだった。ウィンディはともかく、グスタフにはかなり申し訳ないことをさせている。
でもグスタフは愚直に走り続けている。しかも私達二人を乗せたまま、もう一時間以上は走った計算になる。この子の忠誠心の高さは感服するわ。
私だけ寝るわけにはいかない。頑張らないと。
「見えてきたわ。あれが登山道の入口!」
グスタフが止まった。入口と思われる場所のすぐ横に看板が見える。『ここから先は「ザローイン山」へ続く道』と書かれている。
すると看板を見ていたウィンディの表情が変わった。
「まさかあのザローイン山ですって!?」
「知ってるの?」
「聞いたことがあるわ。山の地下に古代の民が築いた地下王国があるって噂がある。遺跡の一部も発見されているわ」
「へぇ、ってことは……奴らのねぐらってこと?」
「それはわからないけど……かなり危険な場所よ」
「でも、行かないわけにはいかないでしょ?」
「そうね。グスタフ、お願い」
グスタフは再び走り出した。登山道を入り、そのまま道なりに進む。
「あれは!?」
山頂に近い場所あたりを見上げた私は一瞬だけ、何かが光るのが見えた。
「グスタフ、止まって!」
「どうしたの?」
「あそこあたりで何かが光ったの」
「……奴らね」
方角はわかった。あとはひたすらあそこまで走るだけ。もう少しだ。
*
「へへ、神はまだ俺を見捨ててはいなかった。こんな絶好なチャンスをくれてよぉ」
元“ブラック・スティーラーズ”の若頭ホークは、笑いながら歩いていた。
彼は馬車を囲みながら歩く集団の先頭にいた。
「それにしても、こんなに上手くいくだなんて。さすが兄貴です」!
「あの別荘には、俺の部下がすでに使用人として扮装していたんだ。実は前々からマチルダの誘拐作戦を計画していたんでな」
「なるほど。でもまさか、それを本当に実行させなくちゃいけなくなるだなんて」
「すべては炎獅子様に仕えるためだ。予定は早まったが、この女はブローディアの姉貴と交換の材料に使う」
「万事、うまくいけばいいっすね」
「そうだな。あと気がかりなのは、さっき追って来たあいつだ」
ホークはさっき偶然見かけた仮面の男が気になっていた。
「あの野郎、まさかマチルダの別荘にいただなんて。ちょっと予想外っすね」
「用心棒がいるのは予想していたが、まさかあの仮面野郎とは」
「でもさすがのあいつも、あのドラゴンが相手なら」
「そうだな。さっき山に戻ってきたから、無事に始末したんだろ」
ホークは安堵していたが、同時にもう一つ懸念材料があった。
「……あのでか女はいなかったな。なぜだ?」
「え? なんです?」
「いや。なんでもねぇよ」
「それにしても、この女泣いてましたね。しかも一人で外へ出るだなんて。何かあったんでしょうか?」
「そんなこと気にするな。そのおかげで誘拐が捗ったんだろ」
「まぁ、そうっすね」
「それより、マチルダの様子はどうだ?」
ホークは後ろにいた部下に声をかけた。部下は荷台の窓から中を覗き込んだ。
「眠っています。ちゃんと薬は効いていますよ」
「よし。いいか絶対に起こすな、騒がれると面倒だからな」
「兄貴、大変だ!」
突然別の部下が大声を出した。
「馬鹿野郎! 大声出すな!」
「す、すみません。でも、大変なんだ! あれを見てくれ!」
「何を見ろって!?」
部下が指差しているのは、登山道の入口付近だ。
ホークは望遠鏡を取り出し覗き込んだ。
「……あの女は!?」
「兄貴、どうしたんですか!?」
ホークは望遠鏡をしまった。
「ナターシャ、やっぱり追って来たか!」
「え? ナターシャっていやぁ、あの仮面野郎の?」
「そうだ。くそ、そんな予感はしてたんだが、もう俺達の居場所を嗅ぎつけたようだ」
「兄貴、あいつら狼に乗ってますよ。こっちは徒歩、これじゃ追いつかれます!」
さっき報告した部下が焦りを隠せない様子で叫ぶ。ホークは言われなくても、わかっていた。
「狼か……ということは、臭いだな」
「あ!? まさかマチルダの……」
「そうだ。でも、それなら対策ができる。あれを使うぞ」
ホークは馬車の後ろに回り込んだ。荷台の後ろに積んでいた荷物の中から、小さな箱を取り出した。
さらにその中には木製の筒が入っていた。筒を手に取ったホークは、蓋の部分を開けた。
「お前ら……しばらく鼻で息するなよ」
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