第46話 赤いドラゴン再び!

 不思議な祈りのような言葉を発した。多分これがエルフの神聖な力の一つね。私達人間が使う治癒魔法ともまた違う。淡い光でジョージの体を包み込む。私まで心が癒されそうになった。


 あぁ、私も使ってみたいわ。


「嘘……傷が!?」


 見てみると徐々に傷が塞がっていく。しかもジョージの魔力まで回復しているみたい。


「これで大丈夫よ」


 ジョージも何事もなかったかのように立ち上がる。さすがの彼もウィンディの力に驚いているみたい。


「すごい治癒魔法だ。君は……一体?」

「ウィンディ・ベローナ、弓使いのエルフでございます」

「安心して。彼女は新しい仲間、信用できるわ」


 ウィンディは手を伸ばした。ジョージも私の言葉を聞いて安心したのか、彼女の手を握った。


「ありがとう。私の名前は……」


 するとウィンディが彼の前に膝まづいて、深々と頭を下げた。


「ジョージ・ロイ・グラムス・エルザーク皇太子殿下でございますね」

「な、なんだって!?」


 驚いたジョージは私の顔を見た。


「ごめんなさい、彼女に話してしまったわ」

「……」


 さすがのジョージも言葉も出ないようね。


 無理もない、皇太子が仮面を被って冒険者として振舞うことが下手に知られたら、国王陛下が激怒するどころの騒ぎじゃないもの。


「でも安心して。ウィンディは信用できるわ」


 強調してみたけど、やっぱり無言のままだ。仮面を被っているから、どう受け止めているかまるでわからないわ。


 怒っているのか、それとも諦めたのか。


 すると突然彼は仮面に手を伸ばした。まさか。


「じ、ジョージ……」


 遂に私以外の女性を目の前にして仮面を外した。ウィンディも彼の素顔を見上げて、目を見開いた。


「……あぁ、そんな。本当だったのね」

「これで、信じてもらえたかな? ウィンディ殿」

「え? まさか、あなた……」


 ウィンディは思わずため息をついた。


「……ごめんなさい。やっぱり最後の最後まで信じ切れなかったのよ。いくらなんでも、皇太子殿下がこんな危険な真似するだなんて思わなくて」

「なるほど。でも、あなたの目も節穴だったようね」


 ジョージは敢えて正体を晒した。そうすることで、彼女の中にある疑いを完全に払しょくさせたわけね。


「でも、本当にいいの? はずして」

「気にするな。どのみちバレるのは時間の問題だったさ」


 意外と諦めがいいのね、ジョージは。


「そんなことより、マチルダ令嬢を探しましょう!」

「わかっている! 不躾で悪いが、その狼に……」

「ちょっと待って! たぶんあなたは」

「がう!」


 ジョージが近づいた途端、グスタフは吠えた。予想通りの反応だ。


「グスタフ、おやめ! この方は……」

「がう! がるるる……」

「警戒しているな。無理もない、狼だからな」

「たとえ相手が皇族であっても駄目ってことね」

「すまない。本当は、こんなこと言いたくないんだが……」


 ジョージは申し訳なさそうな顔で頼んでくる。この状況じゃ断れないわね。


「わかってるわ。でもさらった連中が、どの方角に逃げたかわからないと」

「ありがとう。連中の足取りはある程度掴んでいる。逃げたのは……」


 ジョージは西の方角を指差す。その遥か先に小高い山が見えた。


「あの山ね。わかったわ、それじゃ……」


 私はグスタフに乗り込んだ。


「殿下、一つ聞いてよろしいでしょうか?」

「ウィンディ、すまないが僕のことは……」


 ジョージが再び仮面を被った。


「あ、失礼しました。えぇと……」

「エックス、でいいわよ。ね、ジョージ?」

「……では、え、エックス……その……あなたを襲ったモンスターの正体が気になるのですが……」

「むぅ、それは……」


 ジョージは突然言いよどんだ。


「あなたがあれほどの傷を受けるだなんて、よほどの強敵よね?」

「……そうだ。あれは……」


 その時、突然巨大な気が近づいて来るのを感じた。


「来る! みんな隠れて!」

「まさか、まだいたのか!?」

「ジョー……じゃなかった。エックス、早く!」


 私達はすぐに近くの木陰に身を潜めた。近づいてきている気の正体は、すぐにわかった。さっきも感じたもの。


「やっぱり、あいつ……」

「あれだ。あのドラゴンが急に現れたんだ」


 夜空を見上げると、さっきペラーザ町に戻る際にも見かけた巨大な赤い色のドラゴンが飛んでいた。


 まさかあのドラゴン、ベルフィンク岬へ向かう途中だったのね。さっきの時点でその可能性に気付いていれば。


「僕を探しているようだな。気を付けろ、並みの強さじゃない」


 言われなくてもわかっている。でも心配の必要はないかも。


「違うわね。あの様子だと……」

「降りる気配はないわ。多分、去って行く」


 ウィンディの言う通り、ドラゴンはそのまま高度を落とすことなく、西にある山まで飛んで行った。


 でも奇しくも私達がこれから行く方角と一致している。これは偶然なの。


「いや、偶然じゃないな」

「っていうことは、あのドラゴン……」

「多分、奴らが従えている」

「嘘でしょ!? どんな連中か知らないけど、あんな大型なドラゴンを従えるだなんて、あり得ないわ!」


 ウィンディも驚きを隠せない。確かに私も同じ考えだ。


「ねぇ、どんな連中だったか、特徴はわかる?」

「マスクを被っていたし、夜だったからほぼわからなかったよ。でも人数は多かった、五人以上はいたな」

「強そうな奴はいた?」


 ジョージは首を横に振った。


「……僕でも楽に倒せそうだったよ。奴ら気配を殺しながら移動していた。探索に手間取ってね」

「そこへあのドラゴンに見つかってしまったのね」


 ジョージは頷いた。


「ナターシャ、くれぐれもあのドラゴンと戦おうなどとは……」

「あら? 私にそんなこと言っても意味ないって、何度言ったらわかるの?」

「……そうだったな」

「あなたが言っても無謀に聞こえないのが凄いわ」

「誉め言葉として受け止めておくわね」

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