第44話 ウィンディの不思議な能力

 『まどろみの月』に戻った私達は、真っ先にジョージが泊まっていた部屋に向かった。


 もちろんそこにもジョージはいなかった。仮面もない、万が一のことを考えて彼が持っていったけど、まさか必要になるような事態になるなんて。


「……マチルダ・グノーシスなら知ってるわ。グノーシス商会を率いるグノーシス家の長女よね」


 ウィンディもマチルダのことは知っていたようだ。話が早いわね。


 だけど彼女でも知らない事実がある。そのマチルダが皇太子のジョージの婚約者であり、ジョージとはすなわちエックス、私のパートナーということ。


 もちろん全て話すわけにはいかない。どう誤魔化そうかしら。


「そんな重要人物の女性と、あなたのパートナーってどういう関係なのかしら?」


 ウィンディは早くも際どい質問をしてきた。カエサルが目で合図をした。私は頷いた。


「えぇと、そうね。古くからの付き合いらしいわ、私もよく知らないんだけど。今夜は大事な夕食会があるから、どうしても出席せざるを得なくて、それで一時離脱したの」

「ふーん、そうなの」


 カエサルの顔を見た。彼も問題なさげな顔で頷いた。


「でも、あなたのパートナーも出席したその日に誘拐されたってことでしょ? なんか怪しくない?」

「はぁ? それどういう意味よ?」

「さっきもギルドマスターが言ってたわ。きなくさい感じがするって。それってつまり……」


 ウィンディはもしかして変な誤解をしているのかもしれない。


「身代金目当ての誘拐、じゃないの?」

「んな、馬鹿なことあるわけないでしょ! あのジョージがそんな……」

「ナターシャ殿!」


 カエサルが思わず大声をしまった。私としたことが、うっかり本名を言ってしまったわ。


「ジョージ……誰それ?」

「な、なんでもないわ。えぇと、エックスとマチルダは古くからの付き合いよ。間違っても彼女を誘拐だなんて、そんな馬鹿なことはしないわ」

「……それって恋人同士ってこと?」


 まずい。ウィンディの洞察力は侮れない、半分当たっているわ。


 どうやって誤魔化そう。私はカエサルの顔を見た。でも彼も諦めたようだ。


「……その通りです、ウィンディ殿。ご主人様はマチルダ殿を愛していらっしゃるのです」

「そ、そうよ。だからエックスが犯人だなんてあり得ないわ。それにギルドマスターの言葉なんて、そんなにあてにしちゃ駄目よ」


 ウィンディはハァと溜め息をついた。


「あのね、私は一言もエックスが犯人だなんて言ってないわよ」


 ウィンディの言葉を聞いて、思わずハッとした。そういえば、確かにそうだ。


「……何が言いたいの?」

「さっきからあなた達の話を聞いていると、何か大事な事実を隠しているような気がしてならないの」

「そ、それってどういう意味よ?」


 やばい。ウィンディの勘をなめていた。


「さっきぼそっと言ったジョージって誰なの? なんで名前が二つあるわけ?」

「それは……」


 やっぱり追求してきたか。


「でも偽名を使っているのは、あなただけじゃないみたいね」


 ウィンディはカエサルの顔を見ながら言った。カエサルも動揺し始める。


「な、何のことでしょう?」

「とぼけないで。さっき宿の入口で亭主が思い切りシーザー様って呼んでたわ」

「それは、私のファミリーネームでございまして」

「じゃあ、マクスウェルっていうのは?」


 ウィンディがドアの方を指差しながら言った。部屋の入口の外側のドアの上部には、宿泊客の名前が記載されたプレートがある。


 彼女はそれも見逃していなかった。


「あなたはマクスウェル・シーザーなの? それともカエサル・シーザーなの? どっちなの?」

「それは……」


 こうなったらもう洗いざらい全部話すしかないか。私もため息交じりに決意した。


「わかったわ、もう全部話すわよ」

「ナターシャ殿、それだけは!」

「カエサル。私が悪いのよ、それに彼女なら信用できるわ」

「ありがとう」

「わかりました。あなたがそこまで言うなら……」


 カエサルも諦めた。


「じゃあ、話すわね。ジョージって言うのは……」


 しばらくの間、私は本当のことを話した。仮面をつけたエックスの正体、そして彼とマチルダの関係についても。


「ちょっと待って!? 皇太子殿下?」

「そうよ。黙っててごめんなさい。これで正体を隠さないといけない理由がわかったでしょ?」

「なにとぞ、ご内密にてお願いいたします」


 ウィンディはしばらく黙っていた。さっきまでと違って、かなり真剣な顔になったわね。


「……まさか本当にジョージ・ロイ・グラムス・エルザーク皇太子殿下だったとはね」

「あら、フルネームまで知っていたの」


 久しぶりにジョージのフルネームを聞いた気がする。長すぎて私もいちいち覚えてなかったのに。


「ちょっとその紙貸して」


 ウィンディがジョージの書いた紙を指差した。彼女に紙を渡すと、目を閉じて何やら念じている。


「……何してるの?」

「おぉ、もしやそれは!?」

「カエサル、何か知ってるの?」

「エルフ特有の能力です。直筆の文章が書かれた紙を手にしたら、その文章を書いた本人の現在の状況がわかると聞いたことがあります」

「なんて便利な能力!」


 しばらくしてウィンディが目を開けた。若干渋い顔を見せている。


「……でも私のは完ぺきじゃないわ」

「あら。もしかしてうまくいかなかったの?」

「里に住んでいるエルフは森の精の力を長年受けて、人間では考えられないような神聖な力が発揮できる。でも私は、里を離れてもう長くなるから」

「なんだ。結局わからないってこと」

「勘違いしないで。一瞬だけど、彼が今どこにいるかはわかったわ。そして現在の状況もね」


 ウィンディはさっき目を瞑っている間に見た光景について、簡単に話した。


「……ということよ」

「な、ナターシャ殿!」


 ウィンディが言うには、彼は今森の中で凶悪な魔物と戦っているようだ。その魔物の正体まではわからなかったが、苦戦を強いられているとのこと。


「急ぎましょう! ウィンディ、悪いけど……」

「わかってるわ!」


 ジョージが今いる場所はベルフィンク岬、ペラーザ町から北東に100kmも離れたところにある。


 そこまで離れていると、さすがの私でも走っていくのはきつい。できなくはないけど、時間はかかるわ。


 となると、移動手段にはあの子に乗っていくしかない。


「グスタフには悪いけど、今夜は夜更かしね」

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