第43話 マチルダが危ない!?
店主に聞こえないようカウンターから少し離れて、こそっと耳打ちした。ウィンディも頷いた。
「絶対低いわ。一万はくだらないはずだけど……」
もちろんあくまでウィンディの意見だ。宝石鑑定のプロじゃない彼女の見積もりが、宝石商が実際に鑑定した結果よりも低いことだって不思議じゃない。
だけどそれでも腑に落ちない。これも女の勘ってやつだけど。
「……さっき店主にコアを見せた時の顔、覚えているわ。あの顔は、間違いなくこのコアの価値を知っている顔よ」
「そうね。そしてあの感じだと、確実に足元見られてる」
ウィンディも同意見だったようだ。店主はジロジロと私達を見ている。
「何話し合っているんだい? 言っておくがこれ以上の価値はつけられないぜ、これでも間違いなくほかの町の宝石商より高いからな」
ほかの町の宝石商の価値とか知らない。多分、私達が知らないことも念頭に置いているみたいね。
「念のため、ほかのコアでも確かめましょう」
私は店主にさっきとは違うコアの破片を見せた。今度の破片は、さっきのより一回り大きい。重さだって倍は違う。
店主はさらに驚いた顔を見せた。
「こ、こいつは……わかった。早速鑑定するよ」
さっきいれた破片を外に出して、店主は新しい破片を入れた。そして色が戻った貝の蓋を閉じて、また鑑定し始める。
また同じように金色に輝いた。
「ふふ、こいつは……そうだな、6000ゴールドだ」
「いや、さっきと色変わらないんだけど?」
「あぁ、そうだな。宝石って言うのは、サイズで価値は変わるもんだ。色が変わらないってことは、サイズが倍になっていることで判断する。そうすると、こっちの破片はざっと二倍の価値になるね」
「ちょっと待ちなさい! そんないい加減な鑑定があると思って!?」
さすがのウィンディも声を荒げて、カウンターを叩いた。
「お嬢さん達怒らないでくれ。だから言ってるじゃないか、これは間違いなく最高額だよ」
「何を基準にして最高額なのかもよくわからないわ。そもそもその鑑定器の色自体がいい加減じゃない」
「おいおい、何を根拠にそんなことを!」
「私だって馬鹿じゃない。宝石鑑定は、サイズだけじゃなく重さも考慮に入れるはずよ。そう考えたら、値段は倍じゃなくて、最低でも三倍以上は膨れ上がるはず」
「う……それは……」
店主は戸惑った。ウィンディの意見は的を得ているわ。この貝殻、多分どんな宝石入れても金色に光るのね。
「わ、わかった! じゃあ4000ゴールドでどうだ?」
たった1000ゴールドしか上げないのか。もうさすがに付き合ってられないわ。
ウィンディも深くため息をついた。
「……ほかの店を当たりましょう。コア、返して!」
「おいおい、ちょっと待ってくれ! じゃあ4700ゴールドで……」
「返しなさい!」
私もカウンターをどんと叩いた。今の私の怒った顔を見て、店主も諦めたのか、貝を開けてコアを出した。
コアを受け取り、私達は店を出た。
「あの宝石商、たちが悪いわね。たった3000ゴールドとか、ふざけすぎだわ」
「でも、そんな予感がしてたわ。このアクアリウムスライムのコアは、かなりの希少品だから、相場があまり知られてないみたいね」
「つまり、低い値段で買い取って、あとで高値で売るつもりなのね」
危うく騙されるところだった。正直宝石商の印象が悪くなったわ。
「じゃあ、このコアは……どうする?」
「お金は欲しいし、ひとまず私がいたマブーレ村の鑑定所に行きましょう」
「でも、そこでも同じ結果だったら?」
「その時は……もっと大きな都市の宝石商に」
「しっ! 静かに!」
ふと誰かが尾行している気配を感じた。
「どうしたの?」
「誰かが尾行しているわ」
「誰かって……確かに人の気配はするけど」
「この気配は知っている。もしかしたら……」
「ナターシャ殿!」
突然声が聞こえた。年を取った男性の声だ、聞き覚えがある。
「……カエサル?」
近くの物陰から顔を覗かせていたのは、一昨日『まどろみの月』で出会ったジョージの付添人だ。
「知り合い?」
「そうよ、あとで詳しく話すわ。それよりカエサル、一体こんな場所でどうしたの?」
「はぁ……はぁ……」
「ちょ……どうしたの?」
カエサルが息を荒げながら近づいて来る。高齢なのに走ってきたのかしら。明らかに様子がおかしいわ。
「大変でございます……ご主人様が……」
「ご主人って、エックスがどうかしたの?」
カエサルは額に噴き出していた汗を布で拭いながら、上着の内ポケットから何やら一枚の紙を取り出した。
その紙に文字が書かれていた。ジョージの筆跡だと一目でわかった。
「さっきハヤブサが私の元まで届けてくれました。とにかくお読みください」
「……まさか!?」
手紙にはこう書かれていた。
『マチルダがさらわれた。見つけるまで私が一人で探すとナターシャに伝えてくれ。 エックスより』
ウィンディもチラッと手紙を見た。
「……ギルドマスターの言う通りみたいね」
「ひとまず宿に戻りましょう」
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