第40話 夜空を飛ぶ巨大ドラゴン

 公爵令嬢時代の経験が生きた。あれはドラゴンだったけど、野生のはぐれドラゴンに一度だけ対峙したことがある。


 もちろん戦えばよかったけど、そのドラゴンは子供を出産したばかりの母ドラゴンだった。下手に傷つけるわけにはいかない。


 そんな時、両手を広げて抵抗の意志がないことを示して、母ドラゴンと向き合った。


 後で話を聞いたら、ドラゴンを目の前にしてそんな無抵抗な素振りをしたら自殺するようなもんだと言われたけど、その母ドラゴンにも有効だった。


 この狼も、そのドラゴンと同じ。そもそもウィンディがすでにペットにしているから、私になつかないなんてことはないはず。


 グスタフはすっかり私になついている。もう問題ないようね。


「じゃあ、乗ってみる?」

「そうさせてもらうわ」


 ウィンディがグスタフの背中にひょいと乗った。私も彼女に続いて乗った。


「グスタフ、ペラーザ町までお願い」

「ガウ!」


 グスタフは元気よく吠え、私達二人を乗せたまま勢いよく走り出した。


 風を斬るような速度で、一瞬落ちそうになった。馬とは比べ物にならないわ。


「すごいわね、この子。あなたと仲間になってよかった」

「ありがとう。この子が私以外の女性を乗せてここまで元気よく走るだなんて、私も驚いているわ」


 グスタフはその後も速度を落とすことなく走り続けた。


 そして30分もしないうちに、町の明かりが見えてきた。もう馬車は必要ないわね。


「すごい、もう到着したの……」

「本当、大した子……」


 その時だ。私は巨大な魔物の気配を感じて、後ろを振り向いた。


「……今のは!?」


 そしてグスタフも止まった。


「がるるるる……」

「この気配……まさか!?」


 グスタフもウィンディも気づいたようだ。


 すでに日も暮れていたから、遠くまで見えなかった。でもどんどん近づいてきているのはわかる。


「ナターシャ、あそこ!」


 咄嗟にウィンディが叫び、空を指差した。私も空を見上げた。信じられないものが目に入った。


「嘘……アレは!?」

「ドラゴン……!?」

「がるるるる……」

「隠れましょう!」


 間違いなくドラゴンだ。巨大な赤い色のドラゴンがゆっくり空高くを飛んでいた。


 翼を大きく広げたその巨体は、月をも隠した。私達は一旦近くにある木陰に身を潜めた。


「……気づかれたかな?」

「襲ってきたら、戦うまでよ」

「そう言うと思った」

「でも、その心配はなさそう」


 ドラゴンはそのまま飛び続け、高度を落とすことなく、やがて北の空の彼方へ消えていった。


「……行ったわね」

「ふぅ、ひやひやしたわ。いくらなんでもあんなのが相手じゃ、さすがにね」

「でも、なんでこんな場所にドラゴンが?」

「野生のドラゴンがはぐれて空高くを飛ぶ光景は何度か見たことあるわ。高度が低く飛んでいると、まれに人間を見つけてそのまま襲い掛かるようだけど」

「……あのドラゴンは野生なの?」


 私はウィンディに聞いてみた。ウィンディは言葉に詰まったようだ。


「……あんなのを飼い慣らす奴なんて聞いたことないわよ」

「そうね。だけどドラゴンにしても、間違いなく大型種のはずよ」

「さ、さすがのナターシャも……喧嘩売ろうとしないでね?」

「……町に戻りましょう」



 ペラーザ町に戻った私達は、宿に向かわずそのままギルドへ直行した


 宿に早めに戻ってシャワーを浴びたかったけど、ギルドが閉まる前に片づけておきたい。


「お帰りなさい、ナターシャ様……あら? あなたは?」


 ギルドに入ってカウンターに行くと受付嬢は、早速ウィンディに釘付けとなった。


 身長が私と同じくらいの女性のエルフだもの、嫌でも気になるわ。それでいてスタイルも良い美人だから、周りの冒険者の視線も奪っている。


「私も冒険者です。ほらこれ」


 ウィンディもメンバーカードを提示した。そういえば初めて彼女のメンバーカードを見る。ちゃんと正式なメンバーカードのようね。


「これは……失礼しました。あの、もしやその方とパーティーを?」


 受付嬢が私をチラッと見て聞いた。


「えぇ、そうよ。何か問題ある?」

「いえ、あの……別の付き添いの方がいたはずですが」

「え? それ本当!?」


 しまった。ウィンディにはジョージのことを話していなかった。


「あぁ、気にしないで。一時的に抜けてもらっただけよ」

「でもその人が戻ってきたら……」

「安心して。あなたは外さないわ」


 私が強く言い切ると、ウィンディも安心したようだ。もしかして彼女、意外と寂しがり屋だったりするのかしら。


「それはそうと、はいこれ。ポイズンモールの依頼達成よ」


 カウンターの上に、ポイズンモールを封印した魔物封印球を出した。


 封印球が赤く光っているのを確認して、受付嬢もすんなり報酬の2000ゴールドを出してくれた。仕事が早いわね。


「ありがとうございます。夜分遅くまでご苦労様でした」

「この爪も報酬なんだけどね」

「え? 爪ですか?」

「ポイズンモールの爪よ」

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