第39話 ウィンディの頼もしいペット

 あぁー、楽しかったわ。久しぶりの海水浴、でもあっという間に時間が過ぎちゃった。


 気づけばもう日が暮れようとしている。数時間くらい泳いでいたみたい、疲れもどっと押し寄せて来た。


 髪もめっちゃ濡れている。海水は髪を痛めるわ。あとで炎魔法で乾かせばいいけど、やっぱり宿のお風呂で改めて洗い流さないとね。


「それより、あなたもなんだかんだで楽しんじゃってね」


 砂浜で私の隣で仰向けに寝ていたのはウィンディだ。彼女も服を脱いで、結局海水浴した。


「……あなたがいけないのよ」

「誘った覚えはないわよ?」

「違うわ。あなたが魔物に襲われないか心配だったから」

「逆に襲われそうになったのはあなたでしょ? 完全に楽しんでたじゃない?」

「う、その……そうね。まぁ……うん。楽しかったわ」


 ウィンディも誤魔化すのを諦めた。


「エルフも海水浴とかするの?」

「昔一度だけあるわ。超楽しかったから」

「なんだ、あなたも私と同じね」


 長命なエルフというけど、意外と人間っぽい一面もあるのね。ウィンディとは凄く気が合いそうだ。


「さてと……そろそろ戻りましょうか」

「そうね……」


 私は起き上がった。ウィンディが何やら私の体をじろじろ見ている。


「……何見てんの?」

「いや……何でもないわ」


 急に目を逸らした。怪しい。もしかして、私のスタイルの良さに嫉妬しているのかしら。いや、考えすぎかな。


「あぁ、しまった!」」


 ウィンディが突然大声を上げて起き上がった。


「どうしたのよ、大声出して?」

「コアよ、コア! 木の根の下に埋めっぱなし!」


 ウィンディは走り出した。そそっかしいったらありゃしない。


「もう、仕方ないわね」


 すぐに彼女の後を追いたかったけど、気づけば何も着ていなかった。さすがにこのままじゃまずい。


 素早く服を着て、ウィンディのそばまで近づいた。木の根のそばでしゃがんだまま、動かない。


「ちょっと……まさか!?」


 嫌な予感がした。彼女は振り向いた。


「あったわ。ごめん、心配かけさせちゃって」

「もう! そんな大事な物そんな場所に埋めないの!」

「ごめんなさい。でもね、もとはと言えばあなたが急に海に飛び込んだのがいけな……はぁ……」


 彼女は突然口を開けたまま、手を抑えた。


「はっくしょん! うぅ……」

「早く服を着なさい」



 ウィンディが服を着替え終えたのを確認し、私は一本の笛を取り出した。


 町へ戻る際には、行きの馬車の馭者からもらった笛が役に立つ。これを吹けば、馬車が迎えに来てくれるみたい。


「あら……ウィンディは持っていないの?」

「私には要らないわ。専用のペットがいるから」

「はぁ? どういうこと?」

「まぁ、見ていなさい」


 ウィンディは得意げな顔で、口に指をくわえて笛を鳴らした。


 フィーという甲高い音が響き渡る。しばらくすると、遠くから何かが走ってくる音が聞こえた。


 音がした方向を目を凝らしてみると、何と一匹の白い狼が走って来ていた。


「狼がペット!?」

「そうよ。名前はグスタフっていうの、かわいいでしょ?」


 白い大きな狼はウィンディの隣まで近づいて止まった。近づいて初めてその狼の大きさがわかった。


 とにかくデカい。馬と同じくらいの大きさで、背中には大人が三人くらい乗れそうだ。


 ウィンディが手を伸ばすと、グスタフは自ら顔を近づける。グスタフは彼女の優しい手つきで撫でられ、尻尾を振り振りしている。


 意外とかわいい、そしておとなしい狼ね。私も近づいて手を伸ばした。


「……ぐぅ? がるるるる……」

「あれ? 私だとダメ?」


 やっぱり飼い主以外だと警戒心を隠せないみたいね。手を引っ込めて一歩下がるけど、グスタフは態度を変えない。


「グスタフ、おやめ。彼女は仲間よ」

「がるるるるる……」


 ウィンディがなだめても、やっぱり態度を変えない。


「ごめんなさい。やっぱり私以外だと、なつくのに時間がかかりそう」

「気にしないで。狼ってそういう一面あるから」

「けどこれじゃ、あなたを乗せられない」

「グスタフ、ねぇ。私を見て……」


 私は敢えてグスタフに近づいた。両手を広げて、抵抗の意志を見せないことを強調する。


「がるるるるる……」

「怖くないわ。大丈夫、なにもしないわ……」


 私は一切の敵意と戦う意志を捨て、グスタフのそばまで寄った。


「ちょっと、ナターシャ……」

「これでも駄目なら諦めるわ。どうかしら?」

「がるる……がる……うぅ……」


 グスタフの態度に変化が見られた。顔から警戒心が消え、歯をむき出しにしていた口も閉ざし、私に顔を近づけた。


 私は手を伸ばして、撫でてみた。尻尾も少しだけ振っている。


「す、すごいわ……こんな短時間で私以外になつくなんて。あなたって……」

「ふふ、昔こうやって魔物をなだめたこともあったわ」

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