第38話 ジョージの苦渋の決断
小石ほどの大きさだけど、一万ゴールドもするのか。じゃあ私が粉々にしなかったら、これの倍以上の価値はあったってことになる。
「ごめんなさい、わざとじゃなかったのよ」
「謝らなくていいわ。倒せないよりかはマシだもの」
ウィンディは意外と前向き思考だった。
「さぁ、取るものも取ったし、町へ戻りましょう」
「……ねぇ、その前にさ」
私は思い切ってブーツを脱いだ。
「ちょ、ちょっと!? 何してんのよいきなり!?」
「海水浴よ、だめ?」
ウィンディは呆れたような顔をした。
「……水着とか持ってないわ」
「何言ってんのよ。誰も覗いてたりなんかしてないわよ」
「髪が痛むわ。私は遠慮する」
「そう……じゃあ私一人で楽しむことにするから!」
私は服を脱いでそのまま浅瀬に突っ込んだ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ウィンディが大声で呼びかける。でも聞こえないふりして、私はそのまま海の中へ潜った。
「すごい……綺麗な海」
目の前には透明度の高い海の世界が広がっていた。優雅に揺れる海藻、魚の群れ、珊瑚礁、どれもこれも美しい。
子供の頃に海水浴で深くまで泳いだことがあった。ここ数年は公爵令嬢としての公務や学業などで忙しく、そんな暇もなくなっていた。
本当に久しぶりの海水浴だから、もう一度堪能したいという思いが抑えきれなかった。
私は背泳ぎに変え、全身の力を抜き、そのまま海の流れに身を任せた。ウィンディには悪いけど、しばらく海の中で癒されることにするわ。
「あぁ、幸せ……時間が経つのも忘れる。ウィンディも来たらよかったのに」
後ろを見てみたけど、ウィンディの姿はない。ちょっとがっかりね。
*
「もう全く、ナターシャったら!」
海に潜ったナターシャを砂浜からずっと見ていたウィンディは、ついに決心した。
「……やっぱり私も」
気配を探り、耳を研ぎ澄ませ周りに誰もいないことを再確認したウィンディは、岩場に隠れ服を脱ぎ始める。
「このコアは、この下に埋めて……」
手に入れたコアを木の根の下に埋め、そのまま自分も砂浜へ走り、海へ飛び込んだ。
◇
「このまま、ずっと同じような時が過ぎればと思います。ジョージ様も同じ気分では?」
「あぁ、そうだね……」
ベルフィンク岬が見える別荘のテラス、ジョージと婚約者のマチルダ・グノーシスが同じ椅子に座っていた。
マチルダはずっとジョージに身を寄せている。しかしジョージは浮かない顔のままだ。
「あの岬周辺の海にはホタルクラゲが生息しておりますの。夜になれば鮮やかな色に呈して光りますわ。個体によって色が違っていて、緑や赤、青など色とりどりに光るんです。
あの岬一帯が虹色のように輝いて、それはもう見る者全員が魅了される絶景になるのは間違いありませんわ」
「うん……それは素晴らしいな」
マチルダが熱弁しても、やはりジョージは気乗りしない顔で聞いている。さすがのマチルダも訝しんだ。
「あの……気分でも悪いのですか?」
「いや、そうじゃないよ。最高の景色だから、今夜が楽しみだ」
「そうでしょう? 今夜は間違いなく最高の夜になります。お食事だって最高の料理人を用意しておりますの」
「お嬢様、ジョージ殿下。お食事の用意ができました」
後ろから突然使用人が声を掛けた。マチルダはハッとして振り向いた。
「ノックをしなさいと言ってるでしょ!? 無礼じゃないの!」
「も、申し訳ございません!」
「ごめんなさい、ジョージ様。まだこの前雇ったばかりなの」
「いや、いいんだ。気にしなくていいよ。君もわざわざ報告に来てくれてありがとう」
「いえ……あの……とんでもございません」
「もういいから下がりなさい」
「は、はい!」
使用人はビクビクしながら、別荘内に早足で戻った。
「マチルダ、あまりイライラしないでくれ」
「ごめんなさい。あなたとの二人だけの時間が邪魔されてしまって」
気持ちがわからなくもなかった。ジョージ自身も、ナタリーが公爵令嬢の時はよく一緒に別荘へ赴いた。
使用人がガサツに声を掛け、怒鳴ったこともある。そんなときナタリーは窘めてくれた。時には叱責されたこともある。
その頃の記憶が蘇る。やはりジョージの心の中には常にナタリーがいる。彼女が忘れられない。彼女と一緒に過ごしたい、そんな思いが強まるだけだ。
今夜はマチルダとの大事な夕食会、ジョージは決心していた。
「さぁ、お食事にいたしましょう。今夜はどんなメニューかしら」
「なぁ、マチルダ……」
ジョージがマチルダを呼び止めた。真剣な顔をして、マチルダに詰め寄った。
ジョージの顔が近づき、マチルダは胸の鼓動が高まった。
「……いけません、ジョージ様。お食事前ですわ」
「いや、大事な話があるんだ」
「え? 大事な話?」
「今夜、夕食が終わったら話すよ。僕の部屋で待っている」
ジョージはそれだけ言って、先に別荘内に戻った。マチルダは胸の高鳴りが抑えられなかった。
「来ましたわ! ついにジョージ様が私に……あぁ、この時をどんなに待っていたことか! 私はついに正式に結ばれるのね」
そんなマチルダの喜びを全く知らないジョージは、階段を降りていた。マチルダと逆のことを考えながら。
(……許してくれ、マチルダ。そして父上)
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