第33話 激昂する炎の獅子
なるほど。ただの複製人形ってわけじゃなく、ちゃんと臨機応変に動けるのは大したものね。
でもこの調子じゃ、やっぱりジョージが冒険者としても行動するのは無理があるんじゃ。今後もこういうことがないとは限らないし。
「……すまない、ナターシャ。さすがに本人との夕食会だと替え玉じゃ無理がある。つまり僕本人が行かないことには……」
「全然かまわないわよ! 未来の妃なんだから、大事に扱わないとね!」
私は即答してやった。そもそもジョージと一緒に行動するつもりはなかったんだから、私の答えは決まっている。
「……わかった。君がそこまで言うなら」
「マチルダ令嬢がいうには、明日の午後六時、ベルフィンク岬を一望できる高台の別荘に来てほしいとのことです」
「あの高台か。一度行ったことはあるが、かなり遠いな」
ベルフィンク岬と言えば、ここから北東に100kmほど行ったところにある岬だ、その近くにある高台からの眺めは絶景とのことだ。
マチルダも随分いい場所に別荘を建てたものね。でもそんな場所だからこそ、皇太子を招待するにはうってつけというわけね。
将来の妃との夕食会、こんな大事な行事には、さすがに替え玉じゃ無理があるわね。
「……わかった。承諾すると伝えてくれ」
「本当によろしいんですか? 無理を言っているのは、向こうの方ですぞ」
「構わないさ。こっちが一度相手側の無理な要求を飲むことも大事だ。そうすれば、今後グノーシス家と何らかの交渉をしたときに、我々が有利に立てる」
「なるほど……一度借りを作っておくということですな」
「考えたわね」
「僕だってこの世界を長く生きてはいないよ。外交術だって、勉強しているさ」
ジョージも何も考えてないわけじゃないのね。
初めて会った時は、無垢で頭もよくなかったあの少年が、こんなに逞しく立派な大人になって。なんだか感心したわ。
「わかりました。では明日のためにも、今日はお早めにお休みください」
「……そうするよ。すまないナターシャ、一旦パーティーは解消だ」
今更ジョージがいなくなっても別に困らない。
だけど仲間がいないと、雑用とかも全部一人でしないといけないから、面倒ではあるわ。
明日になったらまた別のメンバーを探そうかな。そう考えながら、私は自分の部屋に戻りシャワーを浴びて寝ることにした。
*
「そういうわけで……ブローディアの姉貴が……連行されてしまいました」
「俺達、もう行く当てがなくて……こうして、炎獅子(えんじし)様のアジトまでやって来たわけであります」
元“ブラック・スティーラーズ”の若頭のホークは、別の盗賊団のアジトのボスの部屋でひざまずき、ここまでの経緯を話した。
彼の目の前には、巨大な体躯で獅子顔をした戦士が大股で座っていた。炎のように真っ赤な色をしたたてがみで顔が覆われたその戦士は、不機嫌さを隠し切れない様子でホーク達の話を聞き、酒が入った大瓶をラッパ飲みした。
ホーク達は無言のまま、獅子顔の戦士を見上げる。酒を飲み終えると、空になった瓶をテーブルの上に叩きつけた。
「おい、もう一本持って来い!」
「へい、かしこまりました!」
「あ、あの……それで……俺達の処遇は?」
「処遇だと!?」
炎獅子は怒鳴った。
「ひぃ! ですから、さっきも言った通り……」
「お前ら! 揃いも揃って、厚かましいにもほどがあるぜ!」
「お、俺達は仲間に入れてほしいと頼んでいるだけです。ブローディアの姉貴が連行された以上、俺達が頼れるのはもう炎獅子様だけで……」
「自分達のボスが人間に捕まったのに、助けもせず逃げだした男達をかくまえってか!?」
炎獅子は痛いところを突いてきた。
「そ、それは……その……」
「誤解しないでくだせぇ! とんでもなくヤバい戦士がいたんです。明らかに人間ですけど、とても俺達じゃかなう相手じゃなくて……」
ドォン!!
炎獅子がテーブルを拳で叩きつけた。明らかに激高していると、ホーク達は嫌でも悟った。
「相手の強さとか関係ねぇんだよ! 自分達のボスを助けもしないで逃げ出すってのは、忠誠心が足りてねぇ証拠だ。そんな奴らをかくまうほど、俺は慈悲深くねぇ!」
「そ、そんな……そこをなんとか」
「俺は絶対裏切らねぇ! 炎獅子様に一生ついて行きます! だからお願いします、俺達をぜひ仲間に!」
ホークは頭を下げ懇願した。
「何度も言わせるんじゃねぇ!!」
炎獅子の怒りは爆発した。右手でテーブルを持ち上げると、そのままホーク達目掛けて投げ飛ばした。
「ぐわぁあ!」
テーブルがぶつかり、ホーク達は後ろへ転倒した。
炎獅子が立ち上がり、そのままホークの胸倉をつかんで彼を持ち上げた。
「この際だから言っておくぞ! ブローディアはな……俺の元愛人よ!」
「な、なんですって!?」
衝撃の言葉を聞いたホークは、どうして炎獅子がここまで怒っているのか嫌でもわかった。
そしてそれと同時に、もはや彼の部下になることがほぼ絶望的だとも悟った。ホークは恐怖で震えが止まらなくなった。
「ゆ、許してくだせぇ! そうだとは知らなかったんです!」
「そうだろうな、知るはずがねぇ。俺とブローディアだけの秘密だったんだ」
「そんな……」
「本来ならお前らなど生かしておくわけがねぇ。この場で八つ裂きにしたいくらいだ」
炎獅子が血走った目で睨みつける。その言葉はもはや脅しではなかった。だけど不思議と殺意は感じなかった。
直後、ホークは彼の右手から解放された。
「え、炎獅子様……?」
「最後のチャンスをやろう。このチャンスをものにしたら、お前達を仲間にしてやってもいい」
「本当ですか!?」
「ボス、酒を持ってきました」
部下の一人が酒の入った大瓶を持ってきて、炎獅子に手渡した。炎獅子は再び酒を飲み始める。
「ブローディアの居場所は……だいたい見当がついている」
「え? それは一体どこで?」
「この国の最北部……絶海の孤島……監獄シドファーク」
「あ、あの……一度収容されたら脱獄不能と言われる監獄シドファーク!?」
「ブローディアはそこに連行されたに違いない。そこから救い出す方法を考え出せ! もしできなければどうなるかわかるな?」
炎獅子の命令はホークにとっても、無理難題とわかっていた。しかし彼にはほかに選択肢がなかった。
「……わかりました。絶対に見つけてみせます」
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