第25話 仮面の貴族は容赦しない

 今まさに飛び掛かろうとしていたフライングクラブの両腕を掴み、そのまま空中で投げ飛ばした。


「ぎりゅあああああああ!!」


 木の幹に叩きつけた。だけどまだ生きているみたいね。


「うるさいわね、とどめよ」


 フライングクラブの胴体にそのまま聖拳突き、これで終了ね。


「大丈夫ですか、お怪我は?」

「あぁ、俺は大丈夫。いや、それにしても凄いなお嬢さん。あのAランク魔物を素手で片づけるなんて!」


 男は立ち上がって、私のそばまで来た。身なりからして冒険者にも見えない、かといって貴族にも見えない。


 商人なのかな。それにしたって、武装もほぼ何もしていない。まぁ私も人のこと言えないけど。


「あなた、随分身軽な格好でこんな場所来るのね」


 思っていた疑問をそのままぶつけた。


「あぁ、いやその、なんというか。俺、道に迷っちまってね。ほかにも仲間がいたんだけど……」

「ふぅーん、そう……」


 男はきょろきょろしだした。この挙動、明らかに怪しい。


「ナターシャ、何か気になるのかい?」

「女の勘よ。この男、罠だわ」

「え? それはどういう意味だ?」

「察しがいいね、お嬢さん。でももう遅いよ」


 男がにやりと笑いだし、右手を上げた。すると、周囲の茂みから一斉に大勢の弓を持った男達が出現した。


「なんだこいつらは!?」

「やっぱり。あなた盗賊ね」

「なに? まさか……“ブラック・スティーラーズ”か!?」

「その通りさ、仮面の貴族さん」


 聞き覚えのある男の声が聞こえた。振り向くと、盗賊達を率いているリーダーっぽい男が前に出てきた。


 この男、確かジュドーから名前を聞いていたのよね。


「あなたが……ホーク?」

「おう、そうさ。俺の名前を知るようになったとは、見直したぜ。お嬢さんよ」

「あなた、懲りないわね。一昨日やられたばかりなのに」

「ふふ、盗賊団は執念深いんだ。今度は前回のようにいかないぜ。俺が命令を下せば、無数の矢の餌食だ。これだけの数、避けきれないだろ?」


 私達の周囲を大勢の盗賊達が取り囲んでいる。それだけじゃなく、全員弓矢を持っていて、その矢じりの先端が変色している。


 毒矢だ。昨日私がクレセント山で見たのと同じ。やっぱりこいつらだったのね。


「あなた、こんな女性一人にこれだけの数で挑むって、男して恥ずかしくないの?」

「な、なんだと……!?」


 ホークもさすがに今の言葉でムカッと来たようだ。


「兄貴、そんな言葉気にしちゃ駄目っすよ」

「そうっす。この女、今度ばかりは数が多すぎるから、もう白旗上げたいんすよ」


 何を言うかと思えば、別に私からしたらこんな数の弓矢どうってことないわ。しいて言うなら、毒付きだから、全部避けるのが面倒ってことくらい。


「……はは、安心しろよ。俺は平静だ、絶対に容赦しねぇからな」

「あら? それじゃ、さっさとやりなさいよ」


 私はさらに挑発してみた。ホークはまだ命令を下さないでいる。


「……いいのかい、お嬢さん。ただの矢じゃねぇ、毒矢だぜ。一撃でも喰らったら……」

「しつこいわね。全部受け流してやるから、さっさと命令を下しなさい」

「……わかった。そこまで言うなら……やれ!」


 ホークが大声を出して右手を上げた。その瞬間、無数の矢が前後左右、そして斜め方向から襲い掛かる。


 さすがに数が多いわね。ならば剣を抜いて、一気になぎ払うまでよ。


 でも私が鞘に手を掛けたその時、突然矢が空中で止まった。


「え? なにこれ?」

「馬鹿な……どうなってる?」


 矢は次の瞬間、地面に次々と落下した。


「ふぅ、無茶はしないでくれ。ナターシャ」


 そういえばすっかり忘れてた。ジョージが隣にいたんだっけ。


 恐らく彼がなんらかの魔法を唱えたのね。余計な真似してくれるわ。


「兄貴、あの仮面野郎もスキル持ちみたいですぜ」

「そのようだな。しかも結界系のスキルか……厄介だな」

「ふふふ……ははは!」


 ジョージが突然笑い出した。


「何笑ってやがる、このキザ野郎が!」

「いえいえ、あなた方の目が節穴すぎるのが、あまりに面白くてね」

「節穴だと? 何言ってやがる!?」

「私は一回もスキルなんて使っていませんよ」


 ジョージが両手を広げてきっぱり言い切った。私は彼が何を言いたいのかわかる。


「スキルじゃない……だと!?」

「嘘だ! スキルも使わずどうやってあれだけの数の矢を防げる!?」

「魔法ですよ」


 彼の言葉に、盗賊達は固まった。


「ま、魔法……!?」

「その通り、ほらこれですよ」


 ジョージが右手を広げて前に出した。次の瞬間、右手から火の玉が飛び出し、前方にいた盗賊数名を焼き払った。


「ぐわあああああ! あちいいいいいい!」

「兄貴ー! 助けてくれー!」

「な!? 何がどうなっている!?」

「まさか……フレアボール!?」

「その通り、やっとわかったようですね。言っておきますが、あなた方など私一人で十分です」


 今度は左手を高々と上に上げた。巨大な竜巻が上空に発生して見る見るうちに、何人もの盗賊達が巻き込まれ飛ばされていった。


「うわぁああああああ!!」

「馬鹿な!? ありえない、なんで杖もなしに魔法なんか!?」

「兄貴、あの野郎マジでヤバいですぜ!」

「に、逃げましょう! 強すぎる!」

「逃がしはしません。ナターシャに危害を加えようとした愚か者どもが!」

「エックス……」


 ちょっと、今の言葉はさすがに引くわ。口調まで変わってる。いくらなんでもジョージらしくない、もしかして頭に血が上りやすいのかしら。


「その辺にしておきなさい。あんな男ども、倒したって何も」

「駄目だ! 仮にも盗賊団“ブラック・スティーラーズ”だからね、生かしておいたらまた被害が出る」

「くそ! 撤退だ!」

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