第22話 馬車の中で気まずい空気に

 あまりいい気分じゃないけど、贅沢は言っていられない。馭者に料金を支払って馬車に乗り込んだ。


 乗ってみたら、中は意外と広い。側壁に沿って座席が設置されている。すでに何人かが乗り込んでいた。


 男の冒険者が数人ほどいた。その中の一人が急に立ち上がり、私を見て指差した。


「あ、あんたは!?」

「あら、誰だったかしら?」


 見覚えのある槍を持った男、確か昨日ギルドで会ったわね。昔から顔と名前を覚えるのが苦手なのよね。


「おいおい、俺の名前をもう忘れたのかよ? いや、よく考えたら自己紹介していねぇか」

「あんた、ナターシャっていう名前だったよな?」


 隣にいた小柄の男も話しかけてきた。この男も覚えている。確かミスリル製の剣を売りたがっていたっけ。


「えぇと……ピーターとリッド?」

「おう、そうだよ! なんだ、覚えていてくれたのか! そいつは嬉しいぜ!」

「あんた、めでたく冒険者になったんだな。おめでとう!」

「それはどうも。でも褒めたって何もあげないわよ」

「はは、そう言わずに……あれ? そちらの方は?」


 ピーターがマクスウェルと目が合った。嫌でも不思議な顔をせざるを得ない。


「お初にお目にかかります。私の名前はエックス、この度ナターシャ殿とパーティーを組むことになりました」

「はぁ? ナターシャさんとパーティーだって!?」


 男達が驚愕している。無理もないか、昨日あれほど誰とも組まないと言ってたもんね。


「おやおや、私がナターシャ殿と組むのがそんなに驚きですか?」

「驚きも何も……あんた、彼女がどんな人が知っているのか?」

「ご心配なく。少なくとも、あなた方よりかは熟知していますよ」


 マクスウェルが私を見て、にっこり微笑んだ。何勝手なことほざいてんのよ。


「いやいや、あんたみたいな怪しい冒険者がいたとはね。失礼だけど、女性一人を護っていけるほど強そうには見えねぇな」

「その点もご心配なく。こちらをご覧ください」


 マクスウェルが自分のメンバーカードを男達に見せた。


「な? Aランク……だと!?」

「ね? これでわかったでしょう」

「……ふふ、なるほど。Aランクね……」

「失礼だけど、これからどこに向かうつもりで?」

「南にあるキノエ海岸よ。もしかしてあんた達も?」

「ということは、目的はフライングクラブか」

「え? なんでわかるの?」

「はは、そりゃわかるさ。だてに長年冒険者をやってねぇからよ」


 ちょっとこの男達をなめてたわね。こりゃ迂闊に目的地の場所を、ほかの冒険者に言えないじゃない。


「これも勉強の一つですよ、ナターシャ殿」


 マクスウェルがこっそり耳打ちした。


「まぁ、安心しろよ。俺達は違う場所に行くからな。あ、でもどこに行くかまでは教えられねぇな」

「わかったわ。でも決して私達の邪魔はしないでね、もししようものなら……」


 私が睨むと、ピーターは苦笑いした。


「おいおい、そんな怖い顔するなって。邪魔なんかしねぇよ」

「ピーター、俺達も準備しようぜ。次の獲物は絶対仕留めねぇと!」

「お? おう、そうだな。じゃあ、俺達はこれで」


 リッドに促されて、ピーターも自分の席に戻った。何やら二人で打ち合わせをしている。


「ふふ、あの二人。あの様子からして、多分一度失敗しているようですね」

「へぇ、あなたにはわかるんだ」

「当然ですよ。仮にも私も一冒険者として、それなりに活躍はしていますからね」

「ふぅーん、公務をほったらかして?」


 私の言葉に、マクスウェルは即座に反応して笑いを止めた。


「今のは、聞き捨てならない言葉ですね」

「あなた、冒険者って言ってるけど、仮にも貴族なんでしょ?」

「あぁ、すみません。今はわけあって、本業の方はお休みをいただいてるのですよ」

「へぇ、そうなんだ……」

「冒険者にもいろいろあるわけですよ。別に兼業が認められていないわけではありませんから」

「でも、両方やるって窮屈というか面倒じゃない? だったら開き直って冒険者として生きてみなさいよ」


 マクスウェルは返答に困っている。仮面を被っているから、全然気持ちがわからないわ。


「……まぁ世の中には、いろいろうまくいかない事情もあるわけです。私はわけあって、今の身分を簡単に捨てるわけにはいきません」

「それはまた……随分と肩身が狭いのね」

「あなたは自由気ままなようで、羨ましい」


 マクスウェルが振り向いて私をじっと見つめる。そっと身を寄せてきた。


 なんなの、この雰囲気。やばい、やめてほしいわ。こんな馬車の中で勘弁して。思わず身がこわばった。


「……失礼しました」


 マクスウェルも察したようで距離を取った。だけどピーターとリッドが、にやにやした目でじっと見ていた。


「じろじろ見るんじゃないの!!」

「ひえ! 悪かったって!」

「ナターシャ殿、落ち着いて」

「ごめん……気が立ってたわ。あなたこそ、変な真似しないで」

「えぇ、大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」


 やばい、この空気はまずいわ。


 キノエ海岸までは、まだかなり距離がある。こんな気まずい空気のまま、この馬車の中で過ごすのは辛い。


「……私降りるわ」

「え? 今なんと……」

「降りるって言ったの。私は走って海岸まで行くわ」

「いや、それじゃ……せっかくお金を払ったのに」

「走った方が私の場合早いから。安心して、逃げたりしないから」

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