第20話 仮面の貴族

 超意外だった。なんと私が想像していたキザな紳士野郎とは程遠い男じゃない。それどころか、かなり老齢な見た目。


 身長は私ほどじゃないけど、それでも老人からしたら高い方。背筋もピンとしていて姿勢がよく、礼儀作法もしっかりしている。


 私も思わず背筋を伸ばして、自己紹介した。マクスウェルは深々と頭を下げ、私を部屋に招き入れた。


「亭主、すまないがお飲み物を持ってきてはくれまいか?」

「かしこまりました。どれをご注文なさいますか?」


 亭主がメニューを私に見せた。とりあえず紅茶を注文することにした。


「それでは早急にご用意いたします。少々お待ちください」

「悪いわね、何から何まで」

「お気になさらずに。客人を招く以上、紅茶でおもてなしは最低限のマナーです」

「そうなんだけど。私は貴族とかじゃないから……」

「ふふ。あなたも貴族と同じように、立派で堂々としておられますよ」


 マクスウェルは不敵な笑みを浮かべた。なんだか私のこと、凄く気に入っているみたい。


「それよりさ、あなたと大事な話があるのよ」

「えぇ、それは存じておりますとも。まぁせっかくですから、お飲み物が来るまでお待ちください」


 私はソファに腰かけて、亭主が来るのを待った。


 数分後、亭主が紅茶を持ってきてマクスウェルが私に差し出した。さっきの様子からするに、彼は私が何が言いたいのかわかっているようね。


「では、本題に入りましょうか。まず今回あなたが私に要求される内容というのは……」

「ズバリ、クレセントバードのことについてよ」


 マクスウェルも頷いた。どうやら予想通りだったみたいね。


「あなたも極上の珍味がいただきたいのですね」

「そうよ。そこで相談だけど、ここにあなたがギルドに用意した5000ゴールドがあるのよ。これと引き換えに……」


 私はテーブルの上に5000ゴールド分の金貨を出した。だけどマクスウェルは渋い顔を見せる。


「……なるほど、その報酬と引き換えに、ですね」

「悪い話じゃないでしょ? お金が戻ってくるんだから、別に損するわけじゃないし」

「残念ですが、こればかりは譲れない話でございまして」


 随分と否定的な返事が返って来た。


「ちょっと! 5000ゴールド要らないって言うの?」

「そういう話ではありませんよ。私とてクレセントバードという極上の珍味がいただける機会を、そうそう逃したくはありません。そのためには、5000ゴールドの出費は致し方ないと考えております」


 なかなか素直に受け入れてくれない人ね。5000ゴールドじゃ足りないって言うのかしら。


「くぅ……じゃあ、いくらなら譲ってくれるって言うの?」

「いえいえ、こればかりは金銭で解決できるものではないと考えております」


 よく考えたら、目の前にいるのは貴族だ。もはや大金なんかでコロッと態度を変えるような人間じゃないわ。


「お金じゃ駄目って言うなら、ほかに何が欲しいの? それとも、どうしても譲れないとか?」

「いえいえ、私はあなたに対して多大な期待を寄せておりまして。あのクレセントバードをいとも簡単に討伐できるくらいですからね」

「何が言いたいのよ?」

「ぜひ、あなたにお願いしたいことがあります。もちろんタダでとは言いません、あなたの欲しいものと引き換えに、という条件でどうでしょう」

「そ、それって……」


 なるほど、そういうことね。光明が見えてきたわ。


「私からのお願いですが、ぜひ彼をあなたのパーティーに入れていただきたいのです」

「え? パーティー、って……」

「お入りください。シーザー様」


 すると、突然部屋の奥の扉が開いた。そこから出てきたのは、すらりと背が高く仮面を顔につけた貴族だ。


「紹介しましょう。このお方こそがマクスウェル・シーザー、ご本人です」

「は? マクスウェル・シーザーですって?」

「騙してしまい申し訳ございません、私はシーザー様に仕える召使に過ぎません。信頼できる人の前でない限り、私が身代わりとして演じるよう言われているのです」


 なんてこと。最初会った時から妙な違和感があったけど、そういうことだったのね。


 仮面をつけている貴族とか、会ったこともない。そもそもそんな貴族がいたら、間違いなく噂にされるから私が知らないわけがないわ。


 でも胸にクリスタル製のバッジがあるから、やっぱり彼もかなり高貴な貴族よね。ほかの貴族とは比べ物にならないくらい、気品さと威厳に満ち溢れている。


 いや彼から醸し出されるオーラは、貴族とかの次元じゃない気がする。


 マクスウェルが私に近づいてきた。ソファのすぐ前まで来て立ち止まり、私に向かって頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります、ナターシャ・ロドリゲス令嬢。私がマクスウェル・シーザーでございます。以後、お見知りおきを」


 丁寧さと気品さに溢れる口調で話しかけ、手を差し伸べた。私も思わず姿勢を正し、手を伸ばした。


 声の感じからして、かなり若い。私と同じ年くらいかな。


「……こちらこそよろしく……お願いします。でも令嬢は不要でございます、貴族ではありませんので」

「さようでございますか。それは失礼しました、ナターシャ殿」


 私まで丁寧な口調になってしまった。こんなに礼儀正しく気品さに溢れる貴族は、久しぶりに会ったわ。


 マクスウェルが私と握手を交わす。その瞬間、なんとも言い難い親近感を覚えた。何でこんな謎の男に親近感が湧くのか、一瞬動揺した。


「…………」

「どうかされましたか、ナターシャ殿?」

「え? あ、いえ……なんでもありませんわ」

「ナターシャ殿、改めてお詫び申し上げます。私はシーザー様の召使であるカエサルと申します」


 老人が立ち上がって、頭を下げた。


「あぁ、別に気にしてないから大丈夫よ。頭を上げて」

「ナターシャ殿。無礼を承知であえて申し上げたい、私とパーティーを組んでいただきたく存じます」

「その……いきなりパーティーを組めって言われても」

「そのためには極上の珍味など要りません。どうぞナターシャ殿が召し上がってください」


 まさかの交換条件ね。確かに極上の珍味は欲しいけれども、こんな男とパーティーを組めだなんて。


 でも私も誰かとパーティーを組むことも悪くないと考えていたから、これはこれでいい機会かも。


「……わかったわ。その条件飲むわよ」

「ほ、本当ですか!?」

「戦力としては問題ない、という認識でいいのよね?」


 私がそう聞くと、男は笑みを浮かべて、腰に下げていた剣の鞘を見せびらかした。


「ご安心ください。剣だけでなく、魔法の腕も磨いております。あなたの足は引っ張りません」

「そう。それを聞いて安心……いや、できないわ」

「え? 今なんと……」


 私は立ち上がった。


「とにかく、あなたが本当に戦力として申し分ないか、これから依頼を受けてテストしてみましょう」

「なるほど。それはお安い御用です」

「だけどその前に、ご馳走をいただかないとね!」

「それでは、腕のいい料理人を知っております。カエサル、すぐに手配してくれ」

「かしこまりました」

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