第19話 依頼人と交渉
「ふぅ、やっと着いたわ」
クレセント山でクレセントバードを退治して、やっとペラーザ町のギルドに戻って来た。
途中で乗り捨てた馬だけど、ちゃんと私の帰りを待ってくれたのはよかった。でも馬じゃなくて走った方が、私の方が早いけどね。
ギルドに行って受付嬢に会うと、早速出迎えてくれた。やっぱり完全に顔を覚えられたわね。
「お帰りなさいませ、ナターシャ様! 報酬の受取でしょうか?」
「そうよ。はい、これ!」
魔物封印球を差し出した。受付嬢がそれを手に取って、じっと見つめる。
「……はい、確かにクレセントバードですね。ありがとうございます」
「え? 中身とか見なくていいの?」
「色が赤に変わっていますよね。これは、確かに目的の魔物が入っているという証明なんです」
よく見たら確かにそうだった。最初受け取った時は白色だったわ。
「もちろん、後で念のため中身を出して確認はしますけど、さすがにカウンターで出すわけにはいかないので」
「そうなの。で、報酬のことなんだけど……」
「ナターシャ様、最初にも言いましたが、我々としてはまず報酬の5000ゴールドを手渡すだけですよ」
そう言うと、後ろにいた受付嬢がまるで待ってましたと言わんばかりに、大量の金貨を差し出した。
「あなたなら達成できると思ってました。これが報酬となります」
「ありがとう。で、その依頼人のことなんだけど……」
「ご安心ください。まだ宿にいるはずですから」
「そうなの。じゃあ、今から交渉に行くわ」
私の本命はクレセントバードの肉だ。この5000ゴールドと引き換えに交換してもらうしかない。
それで駄目ならどうしようか。いや、考えてもしょうがない。とにかくマクスウェルという貴族がいる宿へ行こう。
*
数分後、私は目的地に到着した。
「マクスウェル・シーザー、この宿にいるのね」
受付に行って宿の主人にマクスウェルのことを聞いた。
「失礼ですが、あのお方のお知り合いですか?」
「えぇ、そうなの。私はナターシャ・ロドリゲス、ちょっと大事な話があるから会いたいんだけど……」
「え? ナターシャ・ロドリゲス様でございますか?」
主人は私の名前を聞いて驚いた。
「あの……私のこと知ってるの?」
「知っているも何も、マクスウェル様から伝言を承っておりまして……」
「伝言?」
「はい。ナターシャ・ロドリゲスという名前の女性がここに来たら、最優先でお部屋に案内せよと」
なんてこと。私が来ると予想していたの。
もしかしてギルドで密かに私のこと監視していたのかしら、それかストーカーか。
なににせよ、すんなり会えるようで話が早いわ。その後、主人に案内されてマクスウェルの部屋まで案内された。
案内されている途中、宿の内装を観察してみた。
「それにしても随分と高級な宿よね。飾り付けとか凝ってるわ、一泊いくらするのかしら?」
「お褒めの言葉ありがとうございます。こちらの宿は『まどろみの月』という名称で知られ、過去にはジョージ皇太子殿下もお泊りになった名宿でございますよ」
「へぇー、あのジョージが……」
主人がギョッとした目で私を見た。
「あ、あの……皇太子殿下ですよ!」
「え? あぁ、その……ごほん! ジョージ皇太子殿下も泊まりに!? それは驚きですわ、おほほ!」
しまった。まだ公爵令嬢時代の口癖が抜けないわね。さすがに今のは失言過ぎたわ。
「い、今のは……誰にも言わないでね」
「えぇ、わかっております。今でもたまにお泊りに来られますから、お気をつけて」
亭主が話がわかる人で助かった。
でもさすがにジョージが泊まる宿だけあって、内装は豪華ね。私が昨日泊った宿と遜色ないくらい。内装に使われている所々の備品はどれも高級品ばかり。
今の私の服装とは不釣り合いよね。もっとましな服にしてもよかったかも。
そういえば、宿の名前の『まどろみの月』で思い出した。
この宿のすぐ西側に湖が広がっていて、夜になればその湖に月が映し出されるんだわ。その月がまどろむように見えることから、『まどろみの月』という名前になったのよね。
とても美しく、それだけのために泊まる貴族が大勢いるくらい。
ジョージも意外とロマンチストなのね。そして彼が泊まっていたのと同じ宿に泊まれるマクスウェル・シーザーも、とんでもない貴族のようね。ますます会いたくなったわ。
「お待たせしました、ナターシャ様。こちらの部屋でございます」
「え? こんな部屋なの……」
案内されて来た部屋は、なんと三階の隅っこの部屋だ。ここからじゃ湖が見えない。
正直この宿の中でもかなり不人気じゃないの。なんでこんな地味な部屋にいるのかしら。
「まぁ、いいか。それじゃ中を……」
と思っていたら、勝手にドアが開き出した。
「お待ちしておりました、ナターシャ様」
中から出てきたのは、髭を生やした老人だ。来ている服からして貴族なのは間違いない。
帽子を被って杖をついている。かなりの年齢のようだけど、私は呆気にとられた。
「あの……まさかあなたが?」
「はい。私がマクスウェル・シーザーでございます」
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