第14話 いざクレセント山へ!

 そう言うと、受付嬢はカウンターの上に変な球体を差し出した。


「なにこれ? 球?」

「はい。これは魔物封印球と言いまして、討伐の証をこちらに収納できるようになっています。今回の討伐対象であるクレセントバードはそこまで大型じゃないので、このサイズで大丈夫でしょう」

「ちょ、ちょっと待って? 討伐の証を収納? 何言ってんの?」


 受付嬢は私の言葉に困惑した。今度は後ろにいた受付嬢が大きくため息をついた。


「呆れた。もしかして説明してなかったの?」

「ごめんなさい。この人があまりに早く行動するものだから」

「ちょっと、ちゃんと説明してよ!」


 後ろにいた受付嬢が咳ばらいをした。


「ナターシャさん。魔物の討伐依頼は、その魔物を討伐することが依頼達成の条件となるのは、存じていると思います」

「それはわかってるわ。だから倒せばいいだけじゃないの?」

「確かに倒せばそれで大丈夫です。でもここからが大事で、倒したことを証明する必要があります」

「倒したことを証明?」


 受付嬢が球体を指差した。


「そこで魔物封印球の出番となります。魔物の死体を収納して、我々に見せていただければ、それで証明となりますから」

「あぁ、そういうこと……」


 なんてこと。確かに言う通りだけど、それじゃ肝心のお肉が食べられないじゃない。


「でもさ……死体丸ごととかいらないでしょ? ほら頭部とか羽とか一部だけでも……」


 受付嬢が首を横に振った。


「駄目です。今回の依頼は特別なもので、死体を丸ごと持っていく必要があります」

「ど、どうして?」

「クレセントバードの肉は珍味として知られます。この討伐は、その珍味をどうしても味わいたいという貴族の方が依頼しました」


 貴族の方、一体誰だろうか。依頼書を注意深く見ると、下の方に人名らしき単語があった。


「……マクスウェル・シーザー?」

「はい。そちらの方です」


 マクスウェル、随分と変な名前だ。公爵令嬢時代にも、こんな名前の貴族は聞いたことがない。


「かなり高貴な方だと思います。王族と近い方かと……」

「なんでそんなことがわかるのよ?」

「胸にクリスタル製のバッジをつけていましたから、間違いありませんよ」


 クリスタル製のバッジ、確かに王族関係者はみなつけている。ジョージもつけていたものね。


 それならなおさらマクスウェルという名前が引っかかる。しかも王族に近い人間なら、私が一度くらいは会っていてもおかしくない。


 一体誰なのか、正体が凄く気になる。そしてそいつも、クレセントバードの肉目当てなのね。


「ねぇ……ちょっと相談だけど」

「駄目です」

「いや、まだ何も言ってないんだけど」

「報酬が5000ゴールドもあるので、そちらで我慢してください」

「5000ゴールドって……」


 確かに5000ゴールドは大金だ。私の今の所持金は10000ゴールド、公爵令嬢時代の貯金がかなりあって、しばらくお金には困らない。


 もちろんここで5000ゴールドもらうのもアリね。その金で、宿や酒場で美味しいものを食べることもできる。


 でもそうじゃないの。私が欲しいのはクレセントバードの肉なのに。


「どうしても食べたいというのであれば、依頼主に直接会って相談して下さい」

「え? そんなことできるの?」


 思いもよらない提案が出された。


「はい。交渉次第ではありますけど、例えば報酬額を減らす代わりに魔物の肉を対価としてもらう、ということもできます」

「なんだ、それなら早く言ってよ」

「でも、あまり期待なさらないように。仮にも王族に近い方ですから」


 受付嬢はマクスウェルが泊まっている宿を教えてくれた。なんと私が泊まっていた宿のすぐ近くだ。


 物は試しよ。とにかくクレセントバードが出るという、クレセント山へ向かおう。


 そしてそいつを倒して、ギルドに行く前にマクスウェルに見せる。報酬と引き換えに、対価で肉を分けてもらう。それに賭けるしかないわ。


「ナターシャさん、クレセントバードを倒した後は必ずギルドに直行してください。依頼主との交渉はそれからですよ」

「わかってるわ。いろいろありがとう、それじゃ行ってくるわね」

「あと、できるだけ急いだほうがいいですよ。多分ほかにも冒険者がいるはずですから」

「え? 同じ依頼が被ることとかあるの?」

「そうではなく、ほかの町のギルドで同様の依頼が貼られていることもあります。極上の珍味を欲しがる貴族は、ほかにもいるでしょうから」


 なるほど。同じ魔物をほかの冒険者も狙うことがあるのか。冒険者の世界もやっぱり競争ね。


 私は近くにあった厩舎に行き、馬を借りた。馬を借りるのも金がかかった、公爵令嬢時代は当たり前のように乗れたのに。


 貴族は恵まれていると改めて実感するわね。


 ペラーザ町を出て、北西の30km、そこにクレセント山がある。標高1000メートル近くある山で、実は隣国との国境の役割も備えている。


 多くの魔物が出ることでも知られる。山道は危険で、複数人で行動するのが一般的だ。私は違うけどね。


 馬で移動すること約30分、まだ着かない。


「あぁー、もっと速い馬借りればよかった」


 厩舎に速い馬もいた。だけど馬にもランクがあり、値段が異なる。単純に速く移動できる馬ほど、良馬扱いで値段も高くなる。


 お金が多くあるんだから、ケチらなければよかったわ。まさかここまで時間かかるなんて。


 グゥー


 そして今度は腹の虫が鳴った。もう、やっぱり駄目。本当ならクレセントバードを倒して、そいつを焼いて食おうと思ったのに、これはもう我慢できない。


「どこかその辺に魔物は……いた!」


 周囲を見回すと、右前方の茂みの中に何かが動いた。馬を降りて、すぐに駆け寄っると、一匹のイノシシ型の魔物が姿を現した。


「ビッグボア、ね」


 ビッグボアが私と目が合った。


「がぁあああああ!!」


 大きく口を広げて威嚇してきた。さっそく私のこと敵視しているみたい。


 そして次の瞬間、突進してきた。


「おっと、危ないじゃないの」


 突進してきたけど、すぐに鼻の部分を右手で掴んだ。イノシシは私に掴まれ何もできないまま、空中でジタバタしている。


「悪いけど、私お腹空いているから」


 そのまま火魔法を起こして、イノシシを丸焼きにした。焼き加減には気を付けないとね。


「これくらいでいいかな。よし、捌くか!」


 剣を鞘から抜いて、イノシシを捌きまくった。我ながら、いい感じに焼けている。空腹に勝てず、まずわき腹の部分からいただいた。


「うーん、やっぱりこの味!」

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